後藤 秀孝
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JAPAN
【“神”を表現したことば】
2012-11-20 Tue 18:55
日本人をして「神」と言うと、

「ああ、宗教ですか」
「アナタワー、カミヲー、シンジマスカー笑」
「…何かウサンくさい」

などと最初から心のガードが上がる。

恐らくそのことに一番配慮していたのが、故・遠藤周作氏でしょう。

外国人が信じ、伝道しようとした
「天地創造の神」
「唯一無二の絶対神」
「厳しい父性の神」
「砂漠文化の神」
「裁きと断罪の神」
…といった神の像ではなく。

慈しみ、受容と共感の伴走者、人生の同伴者である愛なる神へと、救い主であるキリストその人を明らかにしていこうと尽力された方です。

彼の作品群の中で登場する、「神」を表現することばを追っていくと、その配慮と心労が分かるのです。



下記は例えに、その一部を列挙したもの。後藤個人のリファレンスとして挙げておきます。

―――――――

日本人が親しんできた「存在」
「天」「縁」「光」
「永遠につながるいのち」
「宇宙のいのち、亡き母、先祖代々の霊…」
「私を後ろから後押ししているものと、私を存在させている場」
「深い X」「自分の意思、プラス X」
「人生を良い方向へ向かわせてくれた力」
「人間が求める『ある存在』」
「我々を超えた神秘な意思」

―――――――

同伴者としての神
「共に泣く者」
「迷いや悩みを知ってくれる人がいる」
「(自分の負の想いをすら)認め、赦してくれる神」
「私の心の奥底を、全て知っておられる方」
「悲しい人間に、愛を注がれる方」
「永遠の同伴者」
「私が棄てようとしても、棄てない神」
(愛とは、棄てないこと)
「同じ苦悩を共に分かち合ってくれる神」

―――――――

見えずとも、感じている
「我々を包んでいる大きなもの」
「我々を包み、遠くから見守っていてくれるもの」
「もう一つの世界(に包まれている)」
「目に見えぬもの」
「我々を包み、我々を動かす大きな命として、畏敬すべきもの」
「偶然を織り成している存在」
「『もし』の背後にいる何か」
「(私たちの耳元でささやく)誰か」
「自分の気付かぬ大きな力、別の力」
「あの大きな生命」
「神と言う大きなもの」「大いなるもの」

―――――――

その「存在」への信頼
「一度神を知った者は、神のほうが捨てようとはされないので安心です」

―――――――

今も働かれる神
「神は存在というより、働きである」
「私たちを通して、いまキリストは生きておられるのです。それが復活です。(中略)
私たちが信じることができるのは、人を愛するあまりに命を棄てたあの方だけです。キリストだけです」(マザーテレサ)

―――――――

その神が働きかける領域(=私たちの霊)を表現した言葉

「無意識」「暗黙知」「魂」「聖櫃」

「無意識の働き」「心が囁いているもの」「人間の奥行きや不思議さ」「しーんとした何か」「心の琴線」「心の中の様々な音」「ある光」

「あなたの内に存在する自己」「もう一つの我々」「影法師」「もう一人のあなた」「第二の私」「別の人間」「矛盾した二つのもの」「はみ出た自分」「『それだけでない』自分」「得体の知れない、ひそかな自分」
「抑えている、抑え込んでいる自我」「自分でもつかめていない自分」「自分でもわけの分からぬ自分」
「不気味で得体の知れぬ物」「意識を操っている無意識の働き」「心の奥に隠れた別の自分たち」「正体を見せぬ黒幕」「背後にいる色々な人々」

「心の深さ、深遠」「潜在的な欲求」「烈しい渇き」「持て余す心」「心の奥底の問題」「絡み合う心理」「(意識よりも)もっと深いもの」「混沌とした泥沼のようなもの」「深い沈殿物」「阿頼耶(アラヤ)識=押さえ、隠そうとしている欲望や願望」

「底知れぬ海の底」「光も届かぬ深海の底」「内面の底」「ドロドロした無明の世界」「暗黒の場所」

「好き嫌いを左右しているもの」
「自分の心の中でそういう気持ちになるのか、あるいは自分の意思を越えてそうなるのか(曖昧なもの)」
「自分の心は、自分の気付かぬ別のものに動かされている」
「本能的に選んでいるようだが、何らかの理由があった」(=聖霊、主なる神の働き)

―――――――

「無意識」の反対=意識

「我々の勝手な判断」「裏腹」「悲しい欲求」「良心(の咎め)」

「自分だけの独善性」「自己弁護」
「世間に対して持っている顔」


キリスト教というと、「何か鼻につくね~…」
そう言うあなた。ここまで目を通して頂いてありがとうございます。

そこで、考えてみると…。
日本人は歴史的に、救い主であるキリストを選んできました。地主よりも、領主よりも、大名よりも…。

キリシタン弾圧の時代、死にまで従った信徒たち、隠れ、逃亡しながら信仰を守った先祖たちと同じ血が、実は、私たちのうちに流れています。


ただ現代のまやかしの中…。「宗教」という名のもと、あなたの心が一括して拒み切ってきた領域に、少しだけ関心を持ってほしいと願う者です。

なぜなら私も、救われたから。

「一度神を知った者は、神のほうが棄てようとはなされない。」

そんな愛なる神を信頼して、こうして生き、語る者だからです。
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