後藤 秀孝
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JAPAN
総合格闘技世界一
2006-11-20 Mon 20:43
男なら誰でも、必ず一度は強さに憧れます。K-1とか、Prideとか、観ます。観てかつエキサイトします。
その後、空手道場を覗いたりします。柔術もイイかも。とか思ったりします。
格闘アクション満点の映画を観、背筋が伸びて映画館を出た後、「俺に手を出すな」と不良を睨めつけたりします。
ロッキーの後は、もちろん腕立てです。
なぜでしょうか。

動物の本能として、生存競争というものはあります。強い者が生き残り、群れを守ったり、大きなハーレムを持つことは、動物の世界では不変の摂理です。そして、強い者もいつか傷を負ったり、年老いたりして、自分より若くて強力なライバルに、その座を追われなければなりません。厳しい世界です。

わたしたち人間としては、その生存への本能以上に、強さとともにくる周囲の賞賛や認識が重要なのかも知れません。わたしたちは誰でも、「すばらしい人間になりたい」「認められたい」と言う欲求があります。それゆえに強さや、富や、名声、そんな物を求めるのでしょう。

髪を染めるのも、周囲と違うファッションでキメるのも、たくさんの靴がゲタ箱に入っているのも。最新のモバイルを持つのも、着メロを熱心に選ぶのも、待ち受けにこだわるのも。車、家、カラオケで歌う十八番、AMEXブラックカード、ペットのレトリバー、次の夏のシンガポールでの休暇、知り合いの有名人、etc…。「わたしはここにいる」「誰か気付いて」「分かって欲しい」「愛して欲しい」と言う強い欲求が、多かれ少なかれ、誰にもあるからです。

キリストの愛に満たされた後には、どう感じるでしょう。神さまがありのまま受け入れてくれた後には、どう感じるのでしょうか。

神の目に、あなたは既に「すばらしい人間」なのです。
神のこころの中で、あなたは既に「特別な人物」なのです。

だから、総合格闘技世界一に成れれば、それはすごいことだけれど。億万長者や、大企業の代表取締役に成れれば、賞賛に値するでしょうけれど。たとえ成れなくとも、あなたの価値が下がったり、減少したりすることはないんです。逆にあなたが自分自身の弱さを認められる強さを、自信を、神さまは与えてくださいます。

『…しかし、主は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私を覆うために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
ですから、私はキリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです(IIコリント12:9~10)。』

これがわたしたちに与えられた、恵みであり特権なのです。神さまを知り、信じることで、自分自身を見直して、人生で本当にしたいことや、自分が一体どんな人間なのかを、深く理解することができるようになるのです。
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