後藤 秀孝
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【My Karma My Destiny】
2012-06-16 Sat 11:19
仏教の教えで、日本人に広く共有されている考えが、

①因果応報
②自業自得

です。

これらを端的に言えば、

Cause and Effect(原因と結果)、
As you sow, so shall you reap(自分の蒔いた種)
My Karma My Destiny(私の業、私の運命)

と言うことでしょう。



良い捉え方をすれば、

「善行は(たぶん来世で)報われる」「だから善行 頑張ろう」と言うことです。


反面、穿った見方をすれば、

「あの人が不幸なのは、あの人の業(前世含め、過去の罪の総計)のためだ」とも言えます。

つまり、

●ホームレスになったのは、全部(前世もひっくるめて)アイツが悪いのさ。
●子どもが大病を患うのは、あなたの背負った業が原因ね。
●天変地異に見舞われたのも、お前の日頃の行いが悪いからだろ常考…。

全部自分のせいなんだから…。勝手に苦しめば良いよ。

苦しめば、来世で良い目を見られるんでしょ?多分…。


だから、救いの手など差し伸べる必要はない。

自業自得だから。

「You deserve it!!」(ザマァ見ろ、いい気味だ)とは口に出さないまでも…。

因果応報だから、自業自得だから。
「Shou-ga-nai(しょうがない)」と思考停止することもできるのです。



イエスさんの時代にも、同様の考えが根強かったようです。

特にらい病(*)患者や盲人、足萎え(片麻痺などの脳血管/神経障害)など、
当時の不治の病が、

因果応報、
自業自得

の報いだと解釈されたようです。


ヨハネの福音書にもこんな記述があります。

“…またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。

弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。
「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。

この人ですか。その両親ですか。」”


やっぱ誰かしら悪いことしたから、その報いを受けているんだ!


でも、主イエス・キリストの見方は、全く違った物でした。


“イエスは答えられた。
『この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。

神のわざがこの人に現われるため です。』”(ヨハネ9:1~3)

盲目=罪?

そうして主は盲人の目を開かれました。

――――――――

悪い運命に遭って、
「ああ、アタシ何か悪いことしたかな…」
「先祖代々の呪いだろうか」
「不運な星の下に生まれてしまったんだ…」

そんな風に思い込んで、
自分のコントロール外でうごめく不幸への恐れから、

風水読本
除霊すれば没問題
先祖供養、もっと高い墓を立てればOK
功徳を積みまくればいんじゃね
もっと喜捨/免罪符買え

などという世間の声に流されることも、弱い人間だからあり得るのです。


だからこそ、世間一般の誤認ではなく、
万物の神である主のことばを識って下さい。

『この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。
神のわざがこの人に現われるためです。』


そうです。あなたの今の苦しみも、悩みも、涙も…。

全ては神の奇跡のわざ、神の栄光が
あなたの人生を通して顕されるためにあるのです。

そして、主なる神はこうも約束されています。

「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、
とわたしは言ったではありませんか。」


シンプルに、従順に。

主のこの約束に信頼して、世の荒波を超えていきましょう。


(*)=ハンセン氏病。皮膚・末梢神経にらい菌が寄生、浸潤していく。冒された部分は生きながら腐り落ちていくため、一人でも罹患者が出ると家族もろもろ差別、忌避され、多くは追放された。
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