後藤 秀孝
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JAPAN
【便利な 水ため】
2012-04-29 Sun 09:46
『この水を飲む者はだれでも、また渇きます。

しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。』ヨハネ4:13~14

上記、イエスさんのことばです。
神に連なり、主からいのちの水を受ける事は、
もはや我々が頼ってきた「外部から補給する」必要がなくなる、ということをも意味します。



でも、同時に知ってください。
主なる神の生ける水を受け取るには、
その取水口に自分の器を持って行き、
蛇口とタンクの受け口を合わせないとならないのです。

つまり『神の霊である神のことば』を本当の意味で受け取るために、
私たちも霊で読み、霊で感じなければならないのです。

それはTVを見ながら片手間にできることではありません。
雑誌を読むように、ヒマ潰しに読んでも駄目。
我々が慣れてしまった「斜め読み」で達成できることでも、残念ながらないのです。

誠心誠意、神の霊に自分を同調させて読んでいく必要があるのです。
それができる人には、聖書が語りかけるもの、一見些細な記述の持つ重みが、自ずと変わってきます。

しかし、正直申し上げましょう。
それは大変な苦労を伴う読み方なのです。
「めんどくせー」と言って、長らく逃げ回ってしまう読み方でもあるのです。


エレミヤ書にこう書かれています。

『わたしの民は二つの悪を行なった。
湧き水の泉である私を捨てて、
多くの水ためを、
水をためることのできない、こわれた水ためを、
自分たちのために掘ったのだ。』エレミヤ2:13


湧き水をわざわざ苦労して得なくても良いように、
自分の都合でラクに取水できる水ためを作ろう!

神の与えてくれるいのちに頼らずに、
自分たちで作った偶像、すなわち

富、
権力、
名声、

肩書き、
新車、
新しいトレンドアイテム、
子ども、
財テク、
友人関係…

そんなものを崇めて、満足を得よう!
それなら目に見えるし、他人に自慢できるし。

わざわざ自分の足りなさ、愚かさを自覚し悟って、
臆面もなく神の前に立たずに済む…。


それが人間の弱さです。
知っていて、また知らずして「面倒」だと回避している。
自分に言い訳を許してる。


だから、私たちはサマリヤの女に倣わなければなりません。

女はイエスに言った。
「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」ヨハネ4:15

素直に、へりくだって
「その水を私に下さい」
と主に告げること。

「主よ、私は渇いています」
そう打ち明ける謙虚さでもって、聖書に向かえばいいのです。

そうすれば。あなたは目が開かれ、まさに『永遠のいのちの泉がわき出す』経験を受けることになるはずです。


積み重ね、繰り返し、咀嚼し続ける中で。

神のことばは本当に、
あなたの血肉、あなたの光、あなたの中の湧き出すいのちとなって、

あなたの傷を癒す。
あなたの闇に光を照らす。
あなたの生き方を変えていく…。


誰にもできない奇跡を、きっと成し遂げてくださいます。
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