後藤 秀孝
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【割り切れない】
2012-03-18 Sun 15:59
私には、人生で「汚された…!」と感じたことが3度あります(ちなみに筆者は男です。)

一度目は、小学校低学年の時、下校中にホームレスっぽいおっちゃんにももを触られた時。

二度目は、パキスタンの山奥で震災復興支援をしているとき、現地雇用の職員(男)から告白され、首筋にちゅーされた時。

三度目は、同パキスタン イスラマバードで、タクシー運ちゃん(男)に金を払った刹那、手にちゅーされた時。


ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぉぉっとしました。
背筋を駆け抜けるセンセーション。負の。


そんな私が、職場のある台東区の一角、吉原の遊郭を通りすがるとき。

仕事上がりなのか、大きめのサングラスとフードでカモフラージュした女性が、お店から出てきます。

上記汚された体験を思い起こしながら、その時 神に聴きました。

「せざるを得ない状況で、身体を売る女性たち…。
一体どう感じているのか…?

あの負のセンセーションはあるに違いないのに…。」

「耐えられない時、自分のこころと身体を切り離す。
そんなことを言う人もいる。」

「でも全生涯記憶(暗黙知)は、冷酷に、鮮明に、その負の記憶を脳の何処かにしたためているのだ…。」

俺だって覚えてんだから。あんな些細なことを、しかし克明に…。


躱しようがない。
回避できない。

だってそれは自分の身体、
汚されてしまった自分の記憶だから…。


どこへ行っても、
誰と会っても、

ごまかしても、
嘘ついても、

どんなに洗っても、
垢すりしても。


人の力では消せない。
そんな染み、きずあと、汚れ…。


だから、俺はこう思いました。


…主しかいねぇ。


過去に汚された方を、

『雪のように白く、
羊の毛のように白く』
できる方は。(イザヤ1:18)


現在もその苦悩に身を浸す方を、

『わたしはあなたを罪に定めない。
行きなさい。
今からは決して罪を犯してはなりません』
と赦し、なお正しい道へと導いて下さる方は。(ヨハネ8:12)




「しなきゃならないから」
「私が支えなきゃ…」
「他の生き方なんてないの」

「だから、過ちを、罪を、繰り返す。」

ちょっと止めて。いったん考えよう。
…否、考えてもダメだ。考えた末にこうなったんだから…。


だから、すがろう?

弱さを、自暴自棄を。
納得してるはず、
でも流れてしまう、自分の涙を認めて、

全能なる神、主にへりくだろう。


なぜなら、主権者なる神には、できるから。

あなたをその苦悩の底に見出し、
あなたの名を呼んで、
あなたの傷ついた手をとって。

あなたを永遠の花嫁として、
『光り輝く、汚れのない麻布の衣を着せて下さる』から。


それが私たちの抱く、

主にある希望です。

―――――――――――

『たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、
雪のように白くなる。
たとい、紅のように赤くても、
羊の毛のようになる。』(イザヤ1:18)

―――――――――――

イエスはオリーブ山に行かれた。そして、朝早く、イエスはもう一度宮に入られた。民衆はみな、みもとに寄って来た。イエスは座って、彼らに教え始められた。

すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕えられたひとりの女を連れて来て、真中に置いてから、
イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。
モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」

彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。


けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。

『あなたがたのうちで罪のない者が、
最初に彼女に石を投げなさい。』

そしてイエスは、もう一度身をかがめて、地面に書かれた。
彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。女はそのままそこにいた。

イエスは身を起こして、その女に言われた。
『婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。』
彼女は言った。「だれもいません。」

そこで、イエスは言われた。
『わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。』(ヨハネ8:3~12)

―――――――――――

『小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。
彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。
この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである。』(黙示19:7~8)
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