後藤 秀孝
http://afg2.blog74.fc2.com/
JAPAN
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
【みことばを】
2012-01-27 Fri 09:01
聖パウロの書簡の中に、こんな言葉があります。

「キリストのことばを、
あなたがたのうちに豊かに住まわせ、

知恵を尽くして互いに教え、
互いに戒め、
詩と賛美と霊の歌とにより、
感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。」(コロサイ3:16)

<ことばを・豊かに・住まわせよ>



一体何のことか。
深く思索も瞑想もしてこなかった節です。

何となくニュアンスで「まぁそういう物か」と分かった振りをしてきた箇所です。

しかし最近になって、<自分の内に住む言葉>の大切さが改めて分かってきた。今日はそのことのご報告です。

--------------------------
①言葉は、あなたの感情を表現する「器」「乗り物」である

自分の思う考えや感覚を、人間はどうしても言葉に乗せて整理、表現、共有しなければやってけない。
同時に、自分の感情とは、自分の内にある言葉(概念、感じ方)の数に影響/制限されるとも言います。

つまり、多くの感情表現力(=言葉)を持つ人は、
より豊かな感情を抱くことが出来、
他者の感覚にも広い感受性を発揮することが出来る。

自分の原体験を、言葉として整理、受け取ることが出来る。
よって、他人の想いにも心馳せることが出来る。

と言うことらしいのです。


反面、何事にも「うざい」
「きもい」
「疲れた」...

だけで終わらせてしまう。
残念 稚拙な感情表現しか出来ない人は。

自分の考え、感情すら上手く整理できず、
まして他人と擦り合わせ/共有することなど困難なので、

キレる。
暴力に至る。
破滅的な行為を繰り返す。

現代社会の言葉を捨てた傾向は、そんな風にも警告されています。


②言葉は、感情を記憶につなぎ止める物である

また、言葉のもう一つの側面は、
私がその時感じた感情を反芻し、記憶に留めていく「硬筆ペン」のような役割
と言えるでしょう。

あなたの記憶には「エピソード記憶」と呼ばれる面があり、

「記憶には時間や場所、
そのときの感情が含まれる。

また感情は記憶の質に影響する。」

とWikiさんに説明があります。


③言葉は、言語化できない領域(暗黙知、意識外の意識...)に影響を与え得る媒体である

暗黙知 = 言語化できない、論理的に説明できないもの。
つまり感情とか、ぱっと見で浮かぶ好感や嫌悪感、
心の底でうねる情動、放っておいても湧き上がるもの...。

また、放っておいても記録・蓄積されてしまう「事象への態度、翻訳された思念」。

(という上記偉そうに語っていますが、そもそも言語化できないコンセプトなので何が何だか分からない。それが暗黙知と呼ばれるものです。)

言語化できない、つまり本来 自分でも表現できない情動です。
しかし上記「翻訳された思念である」というのが大切なところ。なぜなら身の回りの出来事をどう翻訳するか、どう受け止めて理解していくかによって、湧き上がる思念の「質」もコントロールできる、と後藤は感じるからです。

つまり、非言語の暗黙知は、24/7で常に記録され、蓄積され、かつ出力されている情動ですが、
言語を通じて意識的に変容させていくことはできる、と思わされるのです。

---------------------------------------

つまり、①~③を統合すると、


あなたの受け取り方も、表現方法も、記憶の残し方も、自然と湧き上がる感情さえも。

全てあなたに内包されることばの質による。

と言うことです。


そこで、タイトル文に戻ります。

「キリストのことばを、
あなたがたのうちに豊かに住まわせ」よ。

つまり、
主イエス・キリストが感じた感情を、
想った感覚を、
祈った祈りを、

あなたの内に蓄え、
しっかりと記憶し、
重ねて行きなさい。

と言うことでしょう。

そうすることで、

あなたの考え方、
あなたの姿勢、
物事への向き合い方、
他人への対応、
困難への対処、
それら物事に対する感謝の度合い
そして、人生そのものの豊かさ。


これらの全ての質が、主にあって変わってくる。

後藤は、そう読み解きました。

よって、
「主のみことば、読みましょう。」
と結論するわけですが。


あなたは、どうお考えですか。

---------------------------------

<「ことば」に関する聖書の章節>

イエスはお答えになった。
「『人はパンだけで生きるものではない。
神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」(マタイ4:4)

「幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。

まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」(詩編1:1~2)

『みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。』(ローマ10:8)

「...そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ10:17)
「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。」(別訳)

「ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、
心に植え付けられたみことばを、すなおに受け入れなさい。
みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。」(ヤコブ1:21)
スポンサーサイト
別窓 | 信じると、あなたに起こること | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<【もっともっと!(Motto Motto!)】 | キリストの愛を 超多忙なあなたに | 【収束宣言の 真実】>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| キリストの愛を 超多忙なあなたに |
copyright © 2006 キリストの愛を 超多忙なあなたに all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。