後藤 秀孝
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JAPAN
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【伝説のブルース・リー】より
2011-01-09 Sun 12:15
「伝説のブルース・リー」より引用。後藤の個人記録として

米 「The Black Belt Magazine」誌 編
呉 春美 訳、松宮 康生 監修
フォレスト出版、1998年4月27日

「番組(グリーンホーネット)の中で使っているテクニックは、実際のクンフーではないんだ。たとえば、飛び蹴りなんて絶対に無茶な技だよ。本当のキックは決して高いものではなく、相手の向う脛や鼠径部を狙って、低く蹴るんだ。」

「クンフーを習っている女性には、こうアドバイスしている。もし襲われたら、相手の鼠径部を攻撃し、目を突き、脛か膝を蹴飛ばしなさい。そして死に物狂いで逃げろってね。」

「俳優としての自分に、本当はどのくらいクンフーが上手なのかとよく質問されるんだ。答えるときはいつも冗談を言うことにしている。
かなりのものです、と言えば自慢していると思われるし、まったくだめなんだと言うと、嘘をついていると思われる。
だから、こう言うんだ。見たことは、その半分を信じなさい。聞いたことはすべて無視しなさい。“7億人の中国人がすべてウォンさんだとは限らない”と言うことをお忘れなく、とね。」

実際のブルースは、テレビでも演じていたとおり、清く正しい生活を送る格闘家だった。


「(従来のクンフー道場に対して)不自然な構えや昔ながらの方としきたりに捕われて、空騒ぎをしているだけだ。
表面的でただ機械的に指導しているだけでは、生徒は実践で技術を活かすことはできない。
型にはまった物にがんじがらめになっていると、相手にやられてしまう。このような古典的な武術を私は“化石の武術”と呼んでいる。
それはかつて流動的であった物が今や固まってしまった状態に過ぎない。生徒たちは、系統だったお決まりの戦術と役立ちもしない離れ業を、ただやみくもに稽古しているに過ぎない。」

ブルースによれば、このタイプの指導法は“体系化された絶望”以外の何物でもない、と言うことだ。

「私の戦術に不可解なところはまったくない。私の動きはシンプルでダイレクトだ。そして伝統的なものに囚われない。
ジークンドーについて話す前に、強調したいことがある。私の現在のスタイルは、全体的に生き生きとしており、しかも効率的である。
そして、ここに到達できたのは、以前に練習を積んだ素晴らしい詠春拳によるところが大きいんだよ。詠春拳は、自分の育った香港で、詠春拳のリーダー、イップ・マン(葉問)から指導を受けたんだ。」

「ジークンドーは、今日存在する中国クンフーの中で、唯一正統派スタイルに当て嵌まらない。実際にするのは簡単だけれど、説明するのはそれほど簡単じゃないんだ。“ジー”は止める、忍び寄る、遮ること、“クン”は拳またはスタイル、“ドー”は道、または究極のリアリティーをそれぞれ意味している。」

「つまり、“相手の攻撃を遮る術。”このスタイルの一番の特徴は、通常取り入れられている、古来から伝わる受け身のブロックがないと言う点だ。相手の攻撃をブロックすることは、もっとも非効率なやり方である。ジークンドーは攻撃的で動きがあり、そして自由なのだ。」

「死体と戦っているのではない。実際の戦いでは、敵は生きているし動いている。固定された位置にずっといるはずはなく、絶えず動き回っている。ロボットと戦っているのとは違うのだから、現実的に敵と取り組まなくてはならないのだ。」

ブルースが“二人の共同作業”と呼ぶリズムに乗って練習する他のやり方と違って、ジークンドーでは、トレーニングと練習試合においても、徹底的にリズムを崩す。
ブルースの練習を見ていて私が興味を引かれたのは、「異端であること・ダイレクトであること・シンプルであり続けること」だ。

「(異端とは)昔から伝統的な構えと効率のよさは同じくらい重要なものだとされているが、私は構えが重要だと言うつもりはない。無駄のない構えは大切だけれどね。でも、私にとって、効率的であることは何にも勝るのだ。」

「(ダイレクトとは)(ブルースが放った財布を、記者が空中で受け止めたことについて)それがダイレクトであると言うことの意味だ。君は自然の動作をしたわけだよ。時間を無駄にしなかった。ただ背を伸ばして財布を掴んだ。その前に、しゃがんだり、ぶつぶつ文句を言ったりしなかったし、床に伏せたり、伝統に則った動きをすることもなかったからね。もしそんなことをしていたら、とても財布を掴むことなんてできなかっただろう。」

「言い換えれば、誰かに引っつかまれたら、殴れ!ということだ。不必要で、気取った行動に気を使うな。もしそんなことをしていたら、相手にやられてしまう。街中の喧嘩だったら、身包み剥ぎ取られているところだよ。」

「(シンプルとは)一番わかりやすい説明は、全から取り入れたものだ。この武術を学ぶ以前は、自分めがけてくるパンチはただのパンチであったし、キックもただのキックでしかなかった。だが、これが身についてからは、パンチはもはやパンチではなくなったし、キックはもはやキックではなくなってしまった。この武術を理解した今、パンチただパンチのようなものであり、キックはもはやキックのようなものになったんだ。」

「高度な育成とは、本当はまったく特別なものではないんだ。ただ単純で、最低限の方法で最大限のものを表現することなんだ。見せ掛けにこだわるのは、中途半端な教化だ。」

「余計なものを徹底して取り去り、必要なものだけを残すのが基本だよ」

「彫刻家は作品を作っている時、その像に粘土を足していったりはしない。要らない部分を削り取っていき、その結果、彼が真に作り出そうと思っていたものが出来上がるのだ。」

「このように、他のスタイルと違うジークンドーのいい所は、何も加えないと言うことだ。つまり、不必要な要素はすべて取り除き、必要最小限に止めることにある。日々増えるのではなく、日々減っていく。ジークンドーの修行は、捨てていくプロセスなんだ。」

「手の本来の機能を覆い隠してしまうカラフルなグローブと同様、無駄な装飾を取り除けば、素手で十分戦える。」

「武道とは自分を表現することだ。やり方が複雑になって、制限が多くなればなるほど、本来の自由な感覚を表現する機会は失われてしまう。」

「誰かが攻撃してきたら、その反撃はテクニック1でもなければ、スタンス2、セクション4、パラグラフ5のいずれでもない。その代わり、何も考えず、反響音やエコーのようにただ動くのみだ。」

「声をかければ応答するし、物を投げれば掴み取る。それと同じことで、騒いだり口論せずに、ただ単に行動するだけだ。」

「陸の上でどれほど理想的な水泳の練習をしたって、結局は水中で泳ぐことが必要になる。水泳の最高の練習法は泳ぐことだ。そして、ジークンドーのベストな練習法とは、実際に練習試合をすることである。」

「今、武道家の中には、映画に出演するために香港に行く者もいる。自分たちも幸運を掴めると思っているようだけれど、私は簡単な幸運など信じてはいない。
運は自分で切り開くものだ。身近にあるチャンスを逃さず、掴まえるんだ。信じない人もいるかもしれないが、私は何かを成し遂げるときは、いつも時間をかけて完璧にしようとする。」

「私は、オフィスで毎日同じ仕事を繰り返すことができるタイプではないからね。何か創造的で面白いことをやっていなくては、気が済まない。でもなんでも中途半端ではなく、完璧なものでなくてはならない。私は、最高のマーシャル・アーティストになりたいと思っている。映画のためだけでなく、自分ためにね。そのためには、多くの時間を練習に費やさなくてはならない。私の毎日のトレーニングは、どんなに短くても二時間だ。この時間内に、三マイルのランニング、特別なウェイト・トレーニング、キックの練習、そして軽重両方のバッグを使ったパンチの練習をしている。
私は練習をするのが本当に好きなんだ。早朝にジョギングをしていると、実に気持ちがいいよ。香港は世界でも屈指のごみごみした場所だけれど、朝はびっくりするほど平穏だ。確かに人はいるけれど、走っているときはそんなことには気づきもしないからね。」

(ブルースのビジョンに否定的なプロデューサーに対して)その時、この若きスターは、それが間違っていると反論したり、証明しようとはしなかった。「心の中で、俺にはできる、と思っていた。だから、どこの大手撮影所とも、長期の契約を結ばなかったのさ。」

「ブルースにとって、映画制作というのは常に芸術とビジネスの融合を意味していました。人によっては芸術だけを信じる人もいますし、またビジネスだけを考える人もいます。ブルースはその二つが完全に融合しているべきであると信じていました。芸術性だけにこだわれば、大きな興行収益を上げることができませんし、営利目的にこだわりすぎれば芸術家としての自分自身を裏切ることになります。」

「ブルースは常に新しいテクニックを考えていました。どの格闘シーンも、同じ映画またそれ以前の映画の中で使われた格闘シーンとは違っていなくてはなりませんでした。(中略)「ドラゴンへの道」では、他の映画で使わなかった武器をいくつか使用しています。ある戦いのシーンでは一本の棍棒を使用しました。他のシーンでは一本ではなく二本のヌンチャクを使用しています。棒、棍棒、ナイフといった異なる武器に対してヌンチャクを使ったり、また投げ矢を使って使用したシーンもあります。」
(シチュエーション・カメラアングルも常に検討し、変えていた。)
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