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後藤 秀孝
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JAPAN
【沈黙】
2011-12-21 Wed 12:41
「沈黙」というと、故遠藤周作氏の作品を思い浮かべる方もおられると思いますが、別件です。

1:1の話し合い、カウンセリングとまでは行かずとも、クリスチャンとして相手の心を聴く際に。
それだけでなく、あなたが相手の心に一生涯、深く鮮烈な印象を残すような言葉を伝える際にも。

「沈黙が鍵を握る」と言ったら、あなたは信じますか?



【イエスさんに見る】
そのことを考える時、私は新約聖書のエピソード「姦淫の女」(ヨハネ8:1~)を思い浮かべます。

下記、ご一緒に読んでみましょう。

<イエスはオリーブ山に行かれた。そして、朝早く、イエスはもう一度宮に入られた。民衆はみな、みもとに寄って来た。イエスは座って、彼らに教え始められた。

すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕えられたひとりの女を連れて来て、真中に置いてから、
イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。
モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」

彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。


けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。

『あなたがたのうちで罪のない者が、
最初に彼女に石を投げなさい。』


そしてイエスは、もう一度身をかがめて、地面に書かれた。
彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。女はそのままそこにいた。>(ヨハネ8:9)

「この不浄な女を殺せ」
「ついでにイエスを陥れよ」
「いけいけドンドン」

そう息巻いていた群集が、一体どうしたことでしょう。主の一言で、その場を離れていったのは。…

そこには、従前の「沈黙」が果たす役割りが、大きくあったのだと思います。

上記、「彼らが問い続けてやめなかった」という聖書箇所。
恐らく主は、かなりの間、沈黙を守られたのだと思います。

彼らの騒音が納まるまで。つまり、群集の心が静まるまで。…

暴徒心理(Mob Psychology)、つまり「みんなでやれば怖くない」という心が落ち着き。

「この人は何を語るのだろうか」という期待が、沈黙となって暴徒たちのざわめきをも支配するようになるまで。


主は待たれたのです。


その沈黙の韻を踏んでのち、主はたった一言、語られました。


『あなたがたのうちで罪のない者が、
最初に彼女に石を投げなさい。』



その瞬間に

群集は <我>に、
律法学者・パリサイ人は <神の前の一個の人間>に、

帰ったのです。

主の沈黙によって、彼らの心の騒音がやんで、

主のことばが十分に響く心的環境が整ったのです。

そしてイエスさんのことばは、彼らの心に
罪人の劇的な救いの場面と併せ、
生涯突き刺さって抜けることは無かったのだと思います。

【我々の求めるべき ことば力】
上記、明確だと思います。
我々が伝道を行なう際、探るべき奥義は。

「沈黙」

の中に、多くを見出すことができるのです。

「雄弁は銀、沈黙は金」という箴言がありますが、まさに「よく聴く者はよく語る」(箴言21:28)のです。

そして沈黙は、どんなスキルも、話のネタ仕込みも、資格も、人並み以上の年収も肩書きも不要です。
私に、そしてあなたに、今からすぐ実践できる主の光の御業なのです。


「この世に、私の心を理解してくれる人がいる。」
「私の想いを聴いて、受け止めてくれる人がいる。」

それだけで、どれほどの励ましになるでしょうか。

人が人である以上、誰にとっても、です。


そして、沈黙を守り、相手の心を聴くことは、

主にいつも聴いて貰っている

クリスチャンの特権なのだと信じるのです。
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