後藤 秀孝
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JAPAN
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【間接的に 信じること】
2011-12-18 Sun 17:45
人から言われたことを、あなたは易々と信じるでしょうか。
例えば、

「今日はスーパーバリューで卵が無料だったわよ」とか、

「K小学校の5年生の担任は昔水商売にいたらしい」とか、

「次に課長になるのは、WさんでなくYさんだって」等。


「ふーん。」「へぇー。」「ほんとに?…」

耳半分。が、後藤の姿勢です。
「それで?」という冷めた見方が、後藤Quality。

そんなひねくれ者が見ると、聖書の中の人物「アロン(*)」は、

実は凄い人

だと気付かされるのです。

【行きたくない】

ことの始まりはこうです。出エジプト記4:14から~

<…「ああ主よ。どうかほかの人を遣わしてください。」
すると、主の怒りがモーセに向かって燃え上がり、こう仰せられた。
『あなたの兄、レビ人アロンがいるではないか。わたしは彼がよく話すことを知っている。あなたに会えば、心から喜ぼう。
あなたが彼に語り、その口にことばを置くなら、わたしはあなたの口とともにあり、彼の口とともにあって、あなたがたのなすべきことを教えよう。
彼があなたに代わって民に語るなら、彼はあなたの口の代わりとなり、あなたは彼に対して神の代わりとなる。
あなたはこの杖を手に取り、これでしるしを行なわなければならない。』(中略)

それから、主はアロンに仰せられた。『荒野に行って、モーセに会え。』彼は行って、神の山でモーセに会い、口づけした。>

信仰の父、モーセでさえ。
神から召しを受けたとき、

(エジプトのファラオ(王)は聴く耳を持つはずがない。
また、エジプトに住むユダヤ人たちだって俺の話を信じはすまい。
無理だ、不可能だ)

と最初から諦めていました。

と言うのも、モーセは青年~壮年期にファラオに軍司令官として仕え、ファラオの性格も、モーセ逃亡に対する彼の感情をも知っていたからでしょう。
また、頑ななユダヤ人たち、今や世代を超えて隷属の時代を味あわされてきた、砂漠の民。その指導者である長老たち、多くの説明と説得を用いなければならないはずだとも。

だからこそ神は、モーセに二つのしるし(蛇化する杖、一時らい病化する奇跡)を授け、『さあこれでどうだ』、納得したかと思った矢先に、モーセが言うのです。

「でも私は口が重く、舌が重いので…
人前で語ることなどできませんから、誰か他の人を任命してください」と。

対して神さま、『だめ(イラッ)』

→そこで兄アロンの登場なのです。

【兄弟、ちょっと来て】
アロンの生い立ちや経歴などは、聖書にはあまり記載されておりません。ただ彼が

①モーセとミリアムの兄
②レビ人であること
③(レビ人=司祭階級であり)ユダヤ人としての教養と発言力を持っていたであろうこと

程度の情報が得られるのみです。

そのアロンが、40年の音信不通を経て里帰りするモーセを、エジプトから迎えに出てきました。
神はアロンに一言『モーセを迎えに行け』と語りました。

落ち合った二人の間にどんな話し合いがあったのか、想像するしかありませんが。

アロンもまた、「腹を決めた」のです。

時の最高権力者、恐怖の対象、富と権力の象徴、エジプト人たちの神…
ファラオの前に立つ覚悟を。

そして、数百万と言うユダヤ人を引き連れて、
エジプトを発ち砂漠を渡り、
敵地をくぐり抜けて「約束の地」に帰ること。

そのためには、数多くの戦闘を繰り返し、
一から大地を勝ち取らねばならぬその困難を。


思い出してください。
モーセはゴネました。色々配慮する神に対して。

しかしアロンは、神から直接ご計画を語られたのではなく、
モーセから伝え聞いた話を額面どおり受け取って、

「おれはやる」

と言ったのです。来るべき困難を熟慮しつつも…。

だから神は、アロンをして最初の司祭階級(Levites)と指名したのです。


マイナス面ばかり語られてしまう兄アロン。

しかしその根っこには、レビ人としての神への信頼と、
死の恐怖に立ち向かう勇気、
飛躍を受け容れる器があったのです。


【私たちも 又聞きである】
アロン兄、やりました。

でも考えてみると、我々の信仰もまずは他人からの話でした。
少なくとも後藤は、

「人からの伝え聞きで神さまとのギャンブルに至った。」

「でも言われてみると、神さまの直接介入と思われる体験は、数えるほどしか無い...」

「やはり誰かからの話、体験談や信仰の歩みから「ああ、そうだ」「これはイエスさんだ」と思ったんだ。」


そうです。
アロン兄と同じく、私たちも他人からの又聞きです。
勿論、神さまの配慮あっての出会いと、会話でしたが。

自分の中で格闘した挙げ句、それで納得して信じたのです。


だとしたら、アロン兄と我々を隔てている物は一体何か。

それは信じて行なう、その実践においてのみ。

神に従うことで肉の恐れを超えること。
愛の教えを実践することで、他者に主の恵みと喜びを伝えること...。


それは、「資格を持っている人間」だけがするのではありません。

私たち万人に与えられている特権であり、義務なのです。

キリストの光を我が身に反映させながら、
勇気をもって立ち、愛のつばさ広げ、
誠実に生きると言う一事に於いて。


皆さま。上記、お祈り下さい。

あなたにしか触れられない、神の羊たちが待っているからです。

Go in peace,
Serve the Lord.

(*)アロンはモーセのバディであり、発言者。
後にモーセが十戒の石版を神から授かるため不在だった時、荒れた民衆をなだめるため金の子牛を造って怒られてしまった人。
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