後藤 秀孝
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JAPAN
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【目に見え 耳に心地よい】
2011-11-03 Thu 09:12
クリスチャンの行動の中に
①異言で語る
②プレヤウォーク(Prayer Walk)
③聖霊の吹っ飛ばし
などがあります。

(注意:上記に対して真摯な想いを持たれている方は、読み進まぬことをお勧めします)



それぞれ、後藤の浅慮の中で申し上げれば、
①異言:聖霊が人の口を通じて人外の祈りを上げる
②プレヤウォーク:悪霊に縛られている地域(=神社仏閣など)を祈りながら回る。円陣を組んでチームで祈る
③吹っ飛ばし:牧師が祈りの中で信仰者をバタバタ倒していく(倒しているのは人ではない。聖霊である)

と言うことだと思います。

それらはあたかも、
①~③ができる方(③=喰らって倒れられる方)の、

信仰的成熟度を示している

と捉えられているような印象を受けます。

吹っ飛んだ=「私、実は信仰スゴいんです!!」と言うバロメーターであるかのような。…



後藤個人の意見です。
私見100%です。が、


「馬ッ鹿じゃね~の?!」


もう一度 言いません。


代わりに、「アンタラ それこそ敵の思うツボだ」と言います。

と言いますのも、上記①~③における全ては、
「目で見え、耳で聞こえるもの」
だからです。

神の御働きはそんな浅はかな物ではないし、
聖霊の働きはそんな表立った物ではない。

神は実に、その正反対のことを言いました。
『いかなる偶像をも造ってはならない。
 それらを拝んではならない。
 仕えてはならない』(出エジプト20:4~5、申命5:8~9)と。

私たちが過つのは、

目で見え、
手で触れることができ、
耳で聞くことができるもの。

それらの成果をあたかも神に喜ばれる捧げ物のように尊び、
神が求められている真の献身を疎かにしているからです。


視覚・聴覚・触覚等で認識できる物は、確かに安定しています。
誰かに見せたり、聞かせたりする事もできます。

他の宗教を敵扱いし、神社仏閣の前で敬虔に祈る姿を写メで撮ることも可能です。
「敵地のまっただ中で、勇敢に祈ってきました!!」とプレゼンすることも、
ネット上で放送される世界有名的牧師の異言を聞いて、それっぽく真似て祈ることも可能でしょう。

でも、その可視・可聴の物事に囚われること自体が、

偶像礼拝ではないのか?

「信仰」を「宗教」として歪めて伝え、
熟練者にのみ理解できるようなミステリアス・オカルトチックな物に変えて、
信じない人々を不信心・異教徒として排除するだけではないのか?

それこそが、金の子牛だ。
「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ。」(出エジプト32:8)


それこそが、敵の思うツボなのではないですか。

それこそが、日本人口1%未満の方たちしか、
ちゃんとキリストと出会ったことがない、
本当の理由ではないですか。

個人的な意見です。
でも、日本のキリスト教の病巣は、

実はその内部深くに、潜んでいるのでは無いでしょうか。


ヤコブが、ペテロが、パウロが警告したように。
上記のような奇跡的・宗教的体験を掲げる にせ教師、にせ預言者の姿が現れた時代だからこそ。

私たちは基本に返り、聖書の言葉に深く学び、
主であるイエス・キリストの教えを実践する者へと
変わって行かねば。ならないのではないでしょうか。

そして、主イエス・キリストの教えとは、
『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』(マタイ22:37~38)
という聖句に集約されます。

つまり、神と人を「愛すること」を通じて、
闇の中の光として輝くこと。なのでしょう。


「愛すること」は、神に祈り、行動することです。
どちらが欠けても、信仰の真の成熟はないと考えます。
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この記事のコメント
#599 その通りです!!
その通りだと私も声を大にして言います!!
神と人を愛すること。
これが一番大切だと、御言葉から、私も確信しています。
2011-11-22 Tue 22:15 | URL | サーム #YyO7x9Uo[ 内容変更] | top↑
毎度ご愛顧ありがとうございます。

勇気あるコメント、感謝致します。現代キリスト教の一部の方からは嫌われる思想でしょうし、しかも後藤の言い方が悪いために憤られた方もいらっしゃったかも知れません。その記事に対して、御賛同頂けた事は大変嬉しく思います。

ただ、伝えたいことは一つなのです。
主だったら、どう捉え、どう動くの?
そして、その意思を汲む私が、どう行動するべきなの?

日々研鑽して生きたいのであります。
後藤 秀孝 拝
2011-11-23 Wed 21:50 | URL | 後藤 秀孝 #-[ 内容変更] | top↑
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