後藤 秀孝
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JAPAN
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【死の 重み】
2011-09-23 Fri 10:02
「死」というものが日常からかけ離れたものとなった現代社会。
平々凡々と生きていると、死とは

「病院で起きるもの」
「ニュースで見るもの」
「訃報として回覧されるもの」
「他国での統計的不幸」…

そんなものに映ります。


自分の死でさえも。その可能性を知りつつも、考えてもみません。

不吉だから。「思考は現実化する」?かもしれないから。

誰も求めていないテーマ。目を背けていたい現実。


だからこそ。
クリスチャンの捉える『キリストさんの死』というのは、大きなものだと思うのです。



【カルバリの丘】
そう、彼の生前の素晴らしい働きに全く関係のないところ、当時の権威者たちの嫉妬や政治的思惑によって。

主イエスは、あの処刑場“カルバリの丘”への道を、
傷ついた肩に十字架の横木を担って、上って行ったのです。

衆愚が声高にからかい、嘲る中、
助ける者もなく、
弁護する者も、
親しい者の顔もなく。

粛々とその人生の役割りを果たし、
十字架につき、
そこでなお
あなたの、私のために取り成して祈り、

そして『完了した。』と宣言されました。

彼の最後の息と共に、
救世主の地上での肉体は、

傷つけられ、
手・足首に強烈な“熱”を感じ、
皮膚という皮膚は削がれ、痛められ、
体液の殆どを失い、
喉は渇き、
意識薄れていく中で…

ついに死を迎えたのです。

【最も重要な 他人(ひと)】
恐らく。
死から遠く離れてのうのうと生きている後藤にとって。

主よ、あなたの死だけです。

他人の死をこれほどまでに知り、
あたかもその場にいたかのように想い、
これほどまでにきつく、その喪失を抱くのは。

主の歩まれた埃っぽい道を。
曲がりくねった上り坂の小道を。

打たれた鞭。
流された血と、
釘付けにされたその身体を。

そしてなお、
その口の発せられた、
あなたのことばを。


主よ。
あなたの十字架の死は、
少なくとも一つの奇跡を成し遂げました。

それはこの、

弱く、
虚栄心ばかりの、
自己中心な愚か者を、

他人の痛みに想い馳せる
心貧しい者に、変えて下さったことです。
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