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後藤 秀孝
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JAPAN
【主の発問】
2011-08-25 Thu 13:40
当時の宗教指導者であったパリサイ人やサドカイ人、律法学者らが主イエス・キリストを訴えるため、様々な策謀を巡らしていた時のこと。
彼らの神学の中でも、特に解釈困難と思われる難問をもって、主を試すために何人もスパイが送り込まれてきました。一見従順に見える聴衆。しかしその中に、主イエスのことばの揚げ足をとり、あわよくば訴える口実を見出そうと図っていた、心頑なな者たちが紛れ込んでいたのです。

彼らに対する主の姿勢は、一貫しています。
耳を傾け真摯に聴く者たちには、例えではあっても、神の国の奥義を。
しかし、疑いと裁き、批判の心をもって聞く者たちには、自己内省を促す発問を。

例を取り上げてみましょう。




◎イエスの足を涙で濡らし、髪で拭った遊女(ルカ7:36~50)

あるパリサイ人(シモン)が、イエスさんと食事をしたいと申し出て招いたので、主は行ってみました。
すると、その町に一人の遊女がいて、イエスさんの居所を知り、門番の引きとめも無視して盛り上がっている食堂に立ち入り。そして、もってきた香油の壷を開き、涙で主の足を濡らし、自身の髪で拭って後、香油を塗りました。食堂はこの突然の来訪者の行動に呑まれ、沈黙してしまいました。

それを見ていた家の主人は、心の中で遊女と、その遊女に足を任せているイエスさんを裁き、批判していました。

そのシモンの姿勢に対しての、主の発問です。

『シモン。あなたに言いたいことがあります。(中略)
ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。
ひとりは500デナリ、ほかのひとりは50デナリ借りていた。

彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。
では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるのでしょうか。』


『あなたは、どう思うのか。』


◎姦淫の女(ヨハネ8:3~11)

姦淫の現場を押さえられて引き立てられてきた女を、パリサイ人たちが囲んで糾弾しています。

「律法は石打にして殺せと言う。あなたは何と言われるのか。」
律法を守り殺すのか。となればイエス、あなたの訴える愛とは一体何なのか。
律法を破り救うのか。となればイエス、あなたは自ら破戒を行なうのか。

姦淫で捕えた女を、わざわざイエスのいる場所に引き連れて。こんなギリギリの質問を投げるためにやってきたわけです。

それに対して主は地面に物書きしながら、ただ一言。

『あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。』

すると、年長者から一人ずつ、自分の罪にも思い至った人々から始まって、遂に糾弾者全員、その場から去って行ったのです。


『そう語るあなたがた自身の罪は、一体どうなのか。』


◎善きサマリヤ人(ルカ10:30~37)

「何をしたら永遠のいのちに到れるのか」と聞く律法学者に対して、主は

①『律法には、何と書いてありますか。あなたはどう読んでいますか。』

とまず返されています。

そして、律法学者が主のこれまで語られてきた

『Greater Commandments』
●心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。
●あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。

を答えとして挙げ、かつ上記の「隣人とは誰のことでしょうか」と聞くに到って、主は例えを引いて答えます。

路上で追いはぎに遭い、半死半生の被害者に対して、

律法の祭司と
ワーシップリーダーのレビ人、
そして当時ユダヤ人から忌み嫌われていたサマリヤ人、

三者三様の対応をなぞらえ、

『この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。』と聞いています。

「(被害者を助けた)…サマリヤ人です。」と応える律法学者に対して、

『あなたも行って同じようにしなさい。』と主は命じられました。


『あなたがその場にいたら、どうするのか。』


【あなたならば…】
悪意に溢れる訴追者らに対してさえ、

『あなたが当事者ならば、

どうなのか。
どう感じるのか。
どうするのか。』

主はそんな、自己内省につながる発問へと導かれていることです。

たんに正解を与えるのではなく、

『あなただったらどうするのか』

自己内省を促される発問が返されるのです。

そこで真実に
「自分ならば…できていない」
「自分には…その資格はない」
「自分も…そう感じるだろう」
と我に返ることができた人々は。


主に対して罠を張って待ち構える、そんな敵対的な、不遜な思いは。

話者自身の至らなさ、弱さ、愚かさ…
原罪の重さによって、

霧消させられてしまいました。

主の静かな語りかけ、
主の心に迫る発問が、

敵の心をすら開いたのです。
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この記事のコメント
#593 "God is Love."
後藤さん、"God is Love."をやっと最近理解し始めました。

全ての人々に分け隔てなく、辛抱強く、主の真理について教えてくださった主に心から感謝です。

ヨハネ8章3~11節が私はとても好きです。
自分が隣人を裁きそうになったとき、いつもこの御言葉を思い出します。
主は私たちに隣人同士許しあうよう、裁きあったり、傷つけあったりしないよう、教えてくださったのですね。
主の無限に深く広い愛に、心から感謝です。

毎日暑いですが、体にお気をつけください。
2011-08-25 Thu 20:58 | URL | Mei #-[ 内容変更] | top↑
温かいコメントありがとうございます。
主の愛には、後藤もまいってます。

私たち、時に酷いところを通されますが、倒されません。それは主が我々の先に、死の影の谷をすら通って、道を示して下さったからですね。私もまた、そんな主の背中をただ追いかけたいと望む者です。

不順な天候続いております。お互い体調護られますように。後藤 秀孝 拝
2011-08-25 Thu 21:51 | URL | 後藤 秀孝 #-[ 内容変更] | top↑
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