後藤 秀孝
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JAPAN
もし今夜が
2006-10-23 Mon 23:41
もし今夜があなたの最期の晩だとしたら、あなたはどこで過ごしますか…?
あなたはその大切な時間を、誰と過ごしますか…?
あなたはおそらく最期になる夕食に、何を食べますか…?
何を思い、何を悔やみ、何を喜び、何を嘆きますか…?

キリストは、彼の最期の晩、夕食の前に、12人の弟子たちを集め、その足を洗いました。その内の一人、ユダが裏切り、主イエスをユダヤ人指導者たちに売ることも。自分の身かわいさから、ペテロが主との関係を否定することをも知りながら。
当時、足を洗うのは奴隷の中でも最下級の奴隷が、行なうことになっていました。にも関わらず、キリスト本人が上着を脱ぎ、腰に手ぬぐいを巻いた姿で、丁寧に、優しく、弟子たちの足を洗い、手ぬぐいでぬぐったのです。聖書はこう続けています。
『イエスは、彼らの足を洗い終わり、上着を着けて、再び席について、彼らに言われた。「わたしがあなたがたに何をしたか、わかりますか。
あなたがたはわたしを先生とも主とも呼んでいます。あなたがたがそう言うのはよい。わたしはそのような者だからです。
それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。
わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。」』ヨハネ13:12~15

神の一人子であり、天地創造の以前から光臨し、全てのものは彼を通してこの世に生まれ出でた。そんなJCイエスキリストが、弟子たちの足を洗うということ。
その意味を聖書はこのように告げています。
『キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、
ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。』ピリピ2:2~7
こうして、弟子たちに互いを尊重し、その価値を認め合い、愛し合うことを説いたのです。ご自分が鞭打たれ、辱められ、罵倒され、遂には十字架にかけられ、死ぬ前夜に。イエスさまは弟子たちのことを思い、彼らの中に生涯残る「生ける見本」を示されたのでした。
自分の最期の晩に、わたしたちに果たして、他人を思いやることができるのでしょうか…?
好きな人と、好きなものを食べ、やりたい放題やって、死ぬのではないでしょうか…?
「我がまま勝手、自己中心。それが人だ」と言うことは簡単にできます。しかし、わたしたちには示された見本が、確かにあるのです…。従うべき道が。

『あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。』ヨハネ6:29
キリストはその生き方で、わたしたちがあたかもこの目で見たかのように、彼の愛を描いてくださいました。
その愛にあなたが気づき、満たされ、幸福になりますように。主イエスにはとてもではないが成れないのは仕方ありませんが、彼の道を歩む努力をすることはできます。
わたしたち一人一人が、日々彼の謙譲、尊敬と愛をこころに備えて、生きていくこと。『それが神のわざ』です。

last supper
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