後藤 秀孝
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JAPAN
【周作派の語る証と、それに対する証】
2011-07-15 Fri 23:56
故 遠藤周作氏はその著作「イエスの生涯」「キリストの誕生」の中で、聖書内の記述について様々な検証・推考を行ない、一つの考えに到っています。

「イエスは実際は、聖書に書かれているような物質的・生物学的な奇蹟は何一つ起こせなかった」
「ただ、その天与の愛により、弱い者・迫害される者・傷ついている者に寄り添い、慰め続けた」
「イエスの生涯は最期まで、その愛の証明であった」

これまで成されてきた聖書研究、国内・海外の研究者らの文献にも言及しながら、かつ、聖書記述の行間にある、イエスさんと宗教指導者間の緊張や、弟子グループの不信など含めて読み取り、緻密な検証を重ねられたのです。



その周作理論に後藤も頷きました。
しかし、どこかしっくりこないところもあった。

それは、
「人間は疑り深いものだ」
「人間は目で見、実際触れてみて、心で納得しなければ信じない」
「よって、イエスがあれほどまで(少なくとも一時期)人々に注目され、行く先々で歓迎された根拠として、何らかの癒しや復活などの奇蹟が成されたに違いない」

という人間(サンプル:後藤)の心理に基づいた疑念から発して、今回の聖書再研究につながりました。

【導かれ・ヨハネ】
その再考の中で参考になったのは、ヨハネの福音書でした。

ヨハネの福音書。
神の子・イエスキリスト。謳歌!賛美!
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された!

心の琴線に響く、素晴らしいみことばの中、

たった一行の表現に、

かなり厳しい弟子たちや周囲の反応が散りばめられている。
神の子としての主の孤独を浮き彫りにしている。

そんな福音書でもあります。

次の3つの視点をもって、そのヨハネの福音書(+α)を読み込みます。
主の成した奇蹟のみわざの痕を探して…。

①弟子たちは身近にいて、主の生活習慣、その何気ない仕草、言葉の端々まで見聞きしてしまうことから、容易に批判家に転じ得る
②イエスさんの敵は、相手の権威を傷つけようと語るが故に、その言葉の裏読みをすればどんなことがおきていたのか分かる
③イエスさんの敵だった人は、何らかの事象によってイエス シンパに変えられた。
それらの記述を再考してみれば、実際に起きた(であろう)ことが、少しは克明になるはず

すると、以下のような観点を持つに到りました。

①弟子たちの反応:
 ◎弟子たちのうちの多くの者が離れて行き、もはやイエスと共に歩かなかった(6:66)
 ◎ピリポ「(天の)父を見せてくれ。そうすれば信じるから」(14:8)
 ◎(イスカリオテでない)ユダ「アンタ偉そうに大言壮語するけど、俺たちの前で言わないで大勢の前で言ってくれよ」(14:22)

12弟子のメンバーから、上記のような疑念が持ち上がっている。しかもかなり後半になって(つまり、数年の時を経て)から。
ここだけ取り上げてみると、「イエスさん、本当に奇蹟ってあったんですかね?」と考えてしまう。

②パリサイ人・サドカイ人・律法学者ら(=イエスさんへ度重なるスパイ・妨害行為を行なった)、
またサマリヤ人たち(=ユダヤ人全般を「鼻持ちならない奴ら」と見なしていた)、
そして第三者として、ローマ兵の反応:

 ◎ユダヤ人たちに分裂が起きた。イエスの働きを評価する者と、否定する者とに(ヨハネ10:19~)
 ◎「ベルゼブル(悪魔の王)の力を使っている」と批判されるほどの出来事が起きていた(マタイ12:24)
 ◎ユダヤ人を毛嫌いするサマリヤ人が、村をあげてイエスの言うこと・解き明かしを信じた(ヨハネ4:42)
 ◎ローマ人百人長:「この人はまことに神の子だった」(マルコ15:39)
 ◎弟子が盗みに来るからと、イエスの墓番をしていたローマ兵。天使の姿に「死人のようになった」(マタイ28:4)

敵の目から見て、危険視される。
「見なさい。世はあげてあの人のあとについて行ってしまった」と、パリサイ人が叫ぶ。
これは、敵対するユダヤ人指導者にとって脅威になるようなことが、実際に起きていた証拠でしょう。

③ユダヤ人社会で生きながらも、イエスさんの言葉に耳を傾けた人たちの反応:

 ◎指導者たちの中にも、イエスを信じる者がたくさん出た(ヨハネ12:42)
 ◎洗礼者ヨハネの弟子たち。獄中のヨハネに「盲人が見、足なえが歩き、らい病人がきよめられ…」と見るままを伝えた(マタイ11:5)
 ◎ニコデモ(=ユダヤ人指導者):「神が共にいなければ、あんなしるしは誰も行なえない」(ヨハネ3:1~)
 ◎盲目の乞食:「主よ。私は信じます。」奇蹟により目が開いたが、そのことを良く思わないユダヤ人指導者らに追放された後に(ヨハネ9:35)
 ◎善意の第三者:「キリスト(=救世主)が来られても、この方がしているよりも多くのしるしを行なわれるだろうか」(ヨハネ7:31)

【やっぱ信じます】
もっともっと検証に値する出来事はあるわけですが、とりあえず代表的なものを挙げてみました。

どうでしょうね。やっぱ何かあったんじゃないですかね。

イエスさんには。

当時の人々が、アッと驚くような何かが…。
特に敵であったパリサイ人や律法学者などの知識層を、うならせ改心させるほどの何かが…。

そしてそれは、ことばだけの力ではないはず。
空気だけの言葉は、誰も信じません。
人間、その背後にあるものを容易に見透かしますから。

そこまでの根拠を得て、ようやく落ち着きました。
イエスさんは、やっぱり何か、スゲェことをやったに違いない!

彼の語る言葉と連動した、何かスゲェこと。
と言えば、やはり

パーリィでワイン飲み放題、
盲目難聴聾唖の癒し
娘蘇り食事、
片麻痺回復、
長血ひっこみ ご挨拶、
らい病完治×10、
母マラリヤから即 快癒、
レギオン6000 湖突入、
死後4日ミディアムレア 蘇生、

などなど…。
あったに違いない。多少尾ひれがつこうと、それに類するMiracle が、起きたに違いない。

このことは、後藤の中で疑いなくなったのです。


皆さんもご一緒に。

スゲェぜ。
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