3.あなたが気づかずとも、そこにいる神
読者のあなた。苦しい時、通ったこともあると思います。
周囲に誰も味方が居ない時、あったと思います。
叱責の言葉で、自分の存在すら否定されたこと、あったと思います。
人間では、理解できないその辛さ。
どれほど酒の杯を重ねても、どれほど携帯で話しても、どれほどメールに注ぎ出しても。
その人の状況/背景と、その心的変化や苦しみを100%理解することは、残念ながら人間にはできません。
人間20年以上生きれば分かることですが、「言葉にできないこと」があまりに多いのです。
とここで、ちょっと脱線。
私の大好きな漫画の一幕で、こんな物がありました。
皆川亮二氏作品、「Arms」で。
科学者らによって道具・兵器として生み出された天才少年・アル・ボーエンが、
彼を身を挺して庇ったエスパーの死に際して語る言葉。
「読めよ…うまく言葉にならないから………
僕の心を読んでくれ!」」
どれほどの想いの奔流があったのでしょう。
そうした一つ一つの感情に対して、当てはめられる誤謬の少なさ。発話の限界。
言葉にならない。そんな想いが、私たちの中にどれほどあるでしょうか。
そんな上辺だけの言葉を聞いて、
「分かる分かる~」と口癖のように言うカノジョ。どれほど分かっていますか。
「俺も若い頃、同じ苦しみを経験したよ」という上司。本当に「同じ」ですか。100%濃縮果汁還元で、同じですか。
違うよね。
残念ながら。というか、幸いなことに。
主だけです。
あなたがあの苦しみの一幕に居たとき、傍に居たのは。あなたの心と、ご自身の心を重ねて、同じ苦しみを感じていたのは。
あなたの流した涙と同じだけ、泣いてくれたのは。
その苦しみ、その嘆き、その古傷の全てを知った上で。
「あなたのこと、気にかけていますよ」
「あなたのこと、信じているよ」
「あなたのこと、愛しているよ」
常にそう語りかけてくださるのが、キリストです。
言葉に表せないことを、全て受け止めて尚、
「あなたの苦しみをわたしも担おう」
「忘れないで。わたしが備える希望があるよ」
そう思い起こさせてくださる主です。
上記3点。だから、後藤個人の心には、しっくり来る。
理解には程遠いけれど。この疑い深い私が、納得してしまう。
この方は本物だなぁと。
2000年前のおとぎ話ではないなぁと。
そんな主だから、後藤が何年もかけて、この紙面で語り続けているのです。
一人でも多くの方に、その恵みと、救われた喜びが返るように。
清い心を新しくし、
喜んで主に仕える霊が、あなたを支えるようにと。(おわり)
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