後藤 秀孝
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JAPAN
【日本人にも しっくり来る①】
2011-06-16 Thu 00:26
主イエス・キリストの恵みだとか救いだとか、御心だとか御旨だとか。未だに分かったようでよく分からないことだらけなのですが。最近、「分からなくてもよい」ということが分かってきました。

逆に「俺は神の意思を理解しているぜ」「神は俺にこう語っているぜ」などと不遜な想いを持つことのほうが危険であり、自己 Exalt (=賞賛・高揚) なのではと思うようになりました。

ヨブ記を読むと、その「神に対する・人間の誤解」の危険度が分かります。ヨブがなぜあそこまで責められ、砕かれ歪められたのか。
それはヨブ42章に記載されている通り(*)、神を「分かったつもり」だったヨブの尊大さが原因だったではないでしょうか。



そう。

神は御姿も見えないし、その声は時と場所と精神の状況を選んでしか聞こえません。

全てを包み込み、全ての内に存在し、全ての心に働きかけているのに、
神は謙虚に、その存在を雷鳴や天の Trumpet Call で
我々に思い知らせようとは、なさらないからです。

神は人間が「分かる」ような方ではありません。
人間の測りを大きく超えている方ですから。


全ての創造主である神は、このように理解不能な方ですが。
逆にその人類に対する理解と、深い入れ込み様、その三位一体の一部(イエスさん)を用いての人間への歩み寄り様を見ますと、「ああ、なんかスゲェな。」と思ってしまう。

「自分のことより、他人の為に死ぬのって、苦しいですよね」
「しかも死の間際に、敵の為に祈ることって無理ですワ」
「それら全て合算して、“俺のため”ですか…」

理解ではないが、心がうなずく。
心に「しっくり来る」のが、聖書を少しだけ学んだ自分が感じる、キリストさんの姿勢です。

少しその「しっくり」具合を検証してみました。


1.神ご自身、ひどい状況を通った。だから、他人の痛みや苦しみに共感できる

Nick Vujicic が話していましたが、

「俺はこんなだ(四肢が生まれつきない)。
苛められたり、障害者=人生の敗者だと決め付けられたり、社会的に果たすべき何の役割りも見出せないと諦められたりしてきた」
「憐れまれ、目を背けられ、同情と称して蔑まれてきた」

「誰も、父母でさえ、俺を慰めることはできなかった」
「何故なら、他人がどう言おうと、俺の立場に成り代わることはできないから」
「俺の人生を、俺の将来を、俺の孤独を、わが身のこととして理解できる人は居なかった」

「見てくれ。俺はこんなだ。
だからこそ、今落ち目の人たちを励ますことができる」

「大丈夫だよ。きっと良くなるよ」
「少なくとも俺の状況よりはマシだろ」
「そう笑って話すことができる」

…Nickにそう言われたら、確かに
「まぁ俺のほうがマシか」
と言う他ないのです。


キリストは、その死に関して、
「もっとも孤独で」
「もっとも傷つけられ、蔑まれて」
「もっとも大きな苦しみの後に」
死ぬことを選びました。

だからこそ、主は

「あなたの痛みを、わたしは知っている」

そう語ることができるのです。

「あなたの苦しみに、わたしは共感することができる」と。

その上で、
「大丈夫、わたしがついている」
「きっと良くなるよ」

キリストは心からあなたに、そう語ることができるのです。(つづく)


(*)「まことに、私は、
自分で悟りえないことを告げました。
自分でも知りえない不思議を。(中略)
私はあなた(神)のうわさを耳で聞いていました。
しかし、今、この目であなたを見ました。」ヨブ42:3~5
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