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後藤 秀孝
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JAPAN
【奇蹟よりも、教会よりも】
2011-06-01 Wed 09:51
奇蹟よりも、偉大なものがある。
神殿よりも、教会よりも、大きく、尊いものがある。

それをただ、主イエス・キリストはこの地上に伝えるために来られた。



それは、まことにシンプルなメッセージ。
シンプルすぎて、人間には理解できず、実行することもできない。

いや、極まれに人類が垣間見せる美しさは、すべてこのことの表現である。

それはやはり、愛。その一言に凝縮されている。

他人の苦しみを、自分のことのように受け止め、

空腹な者に食べるものを与え、
渇いている者に飲ませ、
枕する場所のない者に宿を貸し、
裸の者に着せ、
病人を見舞い、
牢につながれた者を訪ねる。

決して見捨てず、決して見放さない。

泣いている者のそばにいる。
孤独に沈む老人の傍らに、じっと腰掛けている。
倒れ伏す者の傍に横たわり、
嘆く者の手を握り、
捨てられた者を探し求め、
愛する者のいない者を、愛する。


尊いあのお方の人生は、それだけだったかも知れない。


だが、だからこそ我々は、
普段の生活の中で一番欠けているもの、
日本に一番必要なものを、

そこに見出すのだ。



みじめな救世主(メシヤ)

『まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。
だが、私たちは思った。
彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。

しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、
私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、
彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分かってな道に向かって行った。
しかし、主は、私たちのすべての咎を 彼に負わせた。

彼は痛めつけられた。
彼は苦しんだが、口を開かない。
ほふり場に引かれて行く子羊のように、
毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、
彼は口を開かない。

しいたげと、さばきによって、彼は取り去られた。
彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。
彼がわたしの民のそむきの罪のために打たれ、
生ける者の地から絶たれたことを。

彼の墓は悪者どもとともに設けられ、
彼は富む者とともに葬られた。
彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。

しかし、彼を砕いて、痛めることは 主のみこころであった。
もし彼が、自分のいのちを 罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、子孫を見ることができ、
主のみこころは彼によって成し遂げられる。

かれは、自分のいのちの 激しい苦しみのあとを見て、満足する。
わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、
彼らの咎を彼がになう。

それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、
彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。
彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。
彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。』 イザヤ53:4~12
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