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後藤 秀孝
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JAPAN
依存症
2006-10-19 Thu 23:35
人が生きていくということの哀しさ、それぞれの人が背負う深い傷や苦悩…それらの重荷は、どんなに時間を費やしても、どんなに深く話をしても、所詮他人が100%理解することはできません。それはカウンセラーや精神科医がどんなに優秀であっても、不可能なことです。
そうしたものを、心理学や精神医学によって定義された「分類」に当てはめ、社会的に認められる「一定の範囲(普通、人並み)」にはめなおすことを治療と呼ぶ、現代医療の愚かさ。それは脳の反射を抑える薬の投与であったり、理論に従って症状を説明し、あなたが「何症であるか」と特定して、あたかも病人であるかのように扱うことです。

でも、そもそも何にも依存していない人なんていません。人から愛されたい、認められたいと、親兄弟、教師、友人など、誰か自分以外の人の意見に頼った人生を送ることは、哀しいけれど社交的な動物である人間なら、多かれ少なかれ当たり前のことです。特に子供のころは、親の意見や親の愛(affirmation、承認)が自己形成に大きな影響を及ぼしますね。子供のころ受けたこころの傷が原因となって、大人になってからも自分に自信が持てない、自分は愛される価値がない、生きることの意味が見えないなど、重い荷物を抱え込んでしまうことがあります。
そのはけ口として、アルコール、ドラッグ、快楽のためだけのセックス、過食・摂食、買い物依存、自傷・他傷…こうした依存症が表面化してくる。それを癒すのに、これまではアルコールやドラッグならばとにかく精神病院などに隔離、監禁。過食や摂食は病院で治療し、肉体をとにかく「普通、人並み」に戻してハイさようなら。でもこんな「治療」では退院した瞬間、昔の習慣に戻ってしまうケースが多いのは頷けるでしょう。
依存症を克服するには、自分は依存しやすい人間だという事実を知るだけでは根本的な解決にはならないんです。なぜ、自分は何かに依存せざるを得ないのかという自分の性格傾向を知る必要がありますね。これまでの人生を振り返って、自分は何者で、これからどう生きていきたいのか?そういう生き方の問題をさまざまな人間関係のなかで自覚し、発見していく。そのプロセスが何より必要なのです。
そこで、自分が何者なのか、その役目は何なのかを理解するために、神さまの偉大な指針と愛を知ってみてはいかがですか…。必ずあなたの受けた傷や痛みを癒し、こころにのしかかっている重圧を軽くしていってくれますよ…
あなたが経験した、さまざまな苦悩や痛みは、その打ち傷ゆえに、他の人の苦しみが理解でき、共有できるようになるためかも…。いつか同じような苦しみにある人に「わたしもこうだったんですよ」と自分自身の経験から語り、どう克服したのかアドバイスすることができる。上の立場から押し付けの助言でなく、同じ悩みを持っていた人間として、同じ目線で見て、支えてあげることができる…
それこそが「怪我の功名」であり、あなただけに神さまがデザインした「豊かで、満ち満ちた」人生につながるものです。そして神さまは、常にあなたの助けとして隣でスタンバイしていますよ。その存在と、愛に気付いて、重荷を少しでも肩から降ろしてください。一人でがんばり過ぎないで…

わたしがあなたの足を洗ったのだから
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