後藤 秀孝
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JAPAN
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【イエス・そのひと】
2011-01-18 Tue 22:52
聖書を読み解き、世に在る聖書の理解者たちの意見を聞くに、主イエスキリストの姿がより、克明に浮かび上がってきました。
松原団地駅前の図書館で、思うところ をまとめた物です。以下。

●主イエスキリストの時代。
人々はローマの支配から解放してくれる指導者を求め、イエスを偉大な王、”救世主(メサイヤ)”として宣告したがりました。しかし主は、政治的権力による社会改革をするために世に来られたのではないことを、彼らの前に明らかにしました。

●人々はこの世の王、栄光と威厳に満ちた権威者を期待したのに、主は生まれてすぐに飼い葉桶に入れられ、ナザレと言う僻村で育ち、30歳まで無名の大工であることを選ばれたのです。

●人々はイエスを讃えようとしました。ですがイエスは自ら進んで、謙(へりくだ)ることと、自己内省を経て、各々が自分の人生の意味を見出すことの必要性について語りました。そして、本当に重要なのは、社会や政治を改革することではなく、自らの霊性において精的な革命を起こすことだと説いたのです。

イエスは、その言動において、人々の固定観念を打ち壊し、世に蔓延していた偏見を打ち破る促しをしました。彼らを深く考えさせ、新たしい思想――の義――を受け容れるために、心の窓を開かせることを選んだのでした。

イエスはまた、人類が現代になってようやく着手した『こころの病』について語りました。
人々が『価値を置くもの』も、時代と共に移り変わり、現代社会では確かに、物質的安定は増大したと言えるでしょう。しかし皮肉なことに、同時に『不安』も『恐怖』も肥大したのです。平安を喪った世にあって、主は2,000年前と変わらず『不安に囚われるな』『怖れるな』と繰り返し説いたのです。

●そしてイエスは、社会的・政治的な悲惨よりも、もっと根深い、人間の内なる悲惨――ありとあらゆる悪、貧困、不正義のみなもと、自己中心の罪――を見抜き、それを克服する唯一の方法――赦し、感謝、愛――を以って、人間の性質を変容し、希望、喜びと生きる価値をもたらそうとしていたのです。

【そこで皆さんに チャレンジ】

キリスト教?ああ、宗教ね…」と、これまで見限ってしまった方。
イエスキリストって、そもそも実在したの?」
「フィクションでは?」と、疑問を持たれた方。

是非――これは後藤の個人的な願いですが――、ご自分の満足のいくまでご検証下さい。
そして、聖書で記述されることの一つ一つを、まず疑って掛かって読み込んで見て下さい。

その全てが身になる訳ではないかもしれません。
また、全てがありのまま、信じられる訳ではないかもしれません。

ですが、その内のいくつかでも、ご自身のためになる物を吸収し、納得がいくことであれば信じて、受け容れて欲しいと願うのです。

神さまに頼って

そんな願いをする私は。

社会の価値観から言って、愚かであっても、お人好しであっても、損な役回りでも、構わない。
創造主の存在が、かれの光が、そこに在るからです。
だから、あなたにも知って欲しい。

主の喜びの光の中に、あなたも来て下さることを、切に望むばかりなのです。
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#576 管理人のみ閲覧できます
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2011-01-19 Wed 15:09 | | #[ 内容変更] | top↑
ボルトさん
悲しい思いをされましたね。まず男側の一人として。弱い私たちを、赦してください…。

メールにあったような裏切り行為を受けて尚、好きだと言える。また自己内省され、ご自身の過失を認める勇気をも持っている、ボルトさんの心根の清らかさ、潔さに打たれます。

本件に関しては、すでにご自身で答えを出されていますね。その通りだと思います。夫と言えど「他人」であり、自己の境界線外の存在ですから、ボルトさんがし得る全ての愛情表現を持ってしても、その思いを支配し、コントロールすることはできません。神でさえ、そうはなさいません。

誠意を尽くして再出発を促しても、相手の方向性が変わらない場合は「仕方がないのかな」と、手放すしか無いのです…。ただし、ボルトさんが「自分の果たすべきことは、全て果たした」「主にあって、自分は誠実を尽くした」と言えるのならば。
長い人生です。運命の導きの中で、さらに成長されたご自身で、想像することもできなかった素晴らしい幸せを見出すことも在るでしょう。
(また、強くなる必要はありませんよ…。強さは、与えられますから。ただ、神から与えられたその素晴らしい人格をもって、ボルトさんらしくあって下さい。)

後藤としては、ただただ、ボルトさんの愛が再び、お二人の関係を温め、さらに強い関係となるように…。ただし、常に創造主である神の御心がなるよう、祈るばかりです。それは何事をも用いて、ボルトさんの益としてくださる、愛なる神の御わざを信じているからです。

在主
後藤 秀孝 拝
2011-01-20 Thu 01:18 | URL | ごとう ひでたか #-[ 内容変更] | top↑
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