後藤 秀孝
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JAPAN
故 三浦綾子氏に捧ぐ
2010-11-23 Tue 11:36
お久しぶりです。言い訳も無く、また何事も無かったように書き進める筆者をお赦し下さい…。

ということで、標題の三浦綾子さんについて、最近彼女の名前を(もう何回目か…に)聞き、その著作を初めて読んだ際の衝撃を、筆足らずな中でもお茶の間の皆さまにお伝えしたく。

凄いです。
何がって、そりゃもおう、凄いのです。
パワポのプレゼンのように、箇条書きだけの紹介では、全く役不足なのです。

後藤の三浦綾子歴は、まず草加神召教会リバーサイドチャペルで、友人O氏の娘さんが かの有名な「塩狩峠」を演ずるのを聞いたことから始まりました。そのスキット内で、娘さんはお一人で何役もこなされ、精力的な活動をしておられました。

しかも(折り悪く)その上演日、母教会では子ども祝福会で食事提供があり、その中で娘さん、少し緊張した面持ちでお手伝いしていたのです。(心ここにあらず)と言った様子…が印象的でした。そりゃそうだ。

そこで改めて三浦綾子氏の名前が刷り込まれたわけですが、その直後、偶然彼女の著作を2冊拾った(=ブックオフで購入した)のです。大人買いです。一冊は「ひかりと愛といのち」、もう一冊は牧師 榎本保郎の人生を描いた「ちいろば先生物語」でした。


ここで告白せねばなりませんが、それまでの私の三浦綾子観は(非常に冷ややかなもの)でした。上記 塩狩峠のあらすじを聞いただけで、「列車を止めることは物理的に不可能」と裁いてしまい、そんな作品を書いた筆者を、荒唐無稽のおとぎ話作家と決め付けていたのです(しかし「塩狩峠」は、上記リンクでもご覧になれる通り、実話を元にされています。)


そんな偏見から入ったわけですから、「ちいろば」を読み始めてから、その時代背景の重厚さと緻密さ、つまり三浦氏の調査の量と質に圧倒されたわけです。主役である榎本氏の、生まれの地・淡路島の三原郡の原景。当時の学生の生活の様子、風俗。太平洋戦争に本格的に突入したときの、若者たちの心情や、周囲の環境。満州領内での榎本氏の活動の一つ一つが、あたかも実際に目で見、耳で聞いた如くに描き出されているのです。この深みは、歴史の表面をなでただけの調査では、決して埋まるものではありません。

この話は、1925年に生まれ、戦中戦後の日本を行き抜きながら、持ち前の情熱と信仰で開拓伝道をされた、榎本保郎牧師の人生を描ききった物です。軍国主義体制の日本で、祖国のため、天皇のためと教え込まれ、盲信のまま自身教鞭を振るって子どもたちに誤った思想を与えてしまった後悔や、8月15日に敵地深くで敗戦の玉音放送を聞いた後の、価値観/人生観の喪失・荒廃を経て、主イエスキリストに救いを見出した喜び、その信仰の道をダイナミックに歩まれていく彼の人生が描かれています。

榎本氏は、作中の人物として存在しながらも、あたかも私が彼の傍にいて、その人生をともに歩んだかのような印象を受ける―――そんな偉大な作品でした。
以前、塾講師として、歴史を学ぶ機会が与えられ、年表にある以上の情報を持たねばならなかった。それ故に読み込んだ軍国日本 近代史が、この作品を読むことで「現場レベル」で砥がれたことは言うまでもありません。

その中から、幾つかの場面・登場人物のことばに触れたいと思います。少しでもエッセンスが伝わればと希望を託して。

クリスチャンとしてその信仰の道を貫いた友人・奥村氏が、未だ八百万の神々を祀っていた榎本氏に、こう言います。ちょうど二人が満州領内の別々の戦地に、その最前線に送り出される前の話です。

「奥山もごろりと横になって、
『あのな榎本、親鸞上人がな、<己がよくて人殺しをせぬにあらず>とか言わはっとるんや。分かるか?』
『己がよくて人殺しをせぬにあらず?なんやそれ?』
『これはな、つまり、今まで自分が人殺しもしないで生きて来られたんは、自分が良い人間だからというわけではない、そういう立場に立たんかっただけや、ということやないかな。』
『ふーん、つまり、一旦そんな状況に遭遇すれば、人殺しをしたかもしれへんということか。』
『そうや。そのとおりや。みんな人殺しの可能性があるいうことや。<己がよくて強姦せずにあらず><己がよくて盗まぬにあらず>ともいえるわな。』」

義人はいない。一人もいない。その真理の一端を、榎本青年が受け取っていくひとコマです。


●榎本氏が同志社大学の神学部に入学し、半就学半宣教に走り回っていた頃。子どもたちの為に日曜学校を開いて、分かり易く神さまとその御国について説明されています。

「『先生!うちはなぁ、神さまってきらいなんや』
『何でや!?何できらいなんや』
保郎は目を丸くして見せた。
『何できらいなんや』小さな子が保郎の口真似をした。みんながどっと笑った。女の子は笑いもせずに、
『そうかて先生、神さまってばちを当てはるやろ。うちのお父さんもお母ちゃんも、何か言うたら、神さまのばちが当たる、神さまのばちで目が見えんようになるって、言わはるもん。うち、神さま嫌いや』
(中略)
『ほなら先生、人殺しをしてもばちを当てはらへんのどすか』
『そうや、人殺しは悪い悪いことやけどな、神さま、ごめんなさい、もう悪いことしまへん言うたら、よろし、ゆるしたると言わはる神さまや』
みんながまた、へぇーと声を上げ、件の女の子が言った。
『ほんまどすか?ほんまにそんな神さまいやはるんなら、うち、その神さまの話聞きたいわ』
子どもたちが、『聞きたいわ』『聞きたいわ』と声を合わせ、保郎の顔を見つめた。

●聖燈社(キリスト教系出版社)の仲綽彦(のぶひこ)氏が、榎本氏に半生を振り返って出版されたらどうか、と話したときのこと。

「『商売根性で言うんやないけど、先生の話、本にしたらおもしろいやろなあ』
と言った。
『本?僕の話など、本になどなるかいな』
保郎は本気にしなかった。世辞だと思った。
『なります、なります。先生はいわゆる失敗談ばかり語らはったやろ。僕は、キリスト信者いう者は、自慢話をするもんやないと思っています。僕の経験によると、失敗談を語る先生はみな本物ですのや』
仲綽彦は真っ直ぐに保郎を見て言った。失敗談を語った保郎としては、相槌の打ちようがない。
『先生を前にして何やけど、失敗談を語るような人にしか、神はほんまの姿を現さんのと違うやろか。一生懸命に祈って、信者に肥をかけられたり、何度も詐欺に遭うたりしていたら、何と間抜けな奴やと、神さまは手を貸さずにはいられなくなる、そういうもんやと僕は思う』」


このように、作品中のいたるところに散りばめられた、信仰への導きのことば。
一人の人間の視線を、人生を通して、私たちに語られる、神の御愛の恵み。…


病魔に冒され、人生の過半を病床で過ごされた三浦綾子氏。その遺作たちは、今も尚輝いています。

それは、神の与えてくれた光を、一作一作が湛えているからでしょうか。

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