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後藤 秀孝
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JAPAN
日本人 a difficult people
2010-09-20 Mon 08:57
クルセード(Crusade)という言葉があります。十字軍をクルセイダーと言っていたことから察するに、要するに海外遠征です。主の地境を広げるのです。

と言うことで、外国人の牧師や伝道師が来日して、自らチラシを配り、諸教会を回って宣伝した後、礼拝のときを持って、証や説教を語り、共に祈り、賛美を捧げ、ああやれやれ、終わった終わった...。神さま感謝です。となるわけです。



ただ、その成果は...と言うと、クリスチャン人口1%堅守の日本を顧みますと、一様に「あれッ...」「まあ、主よ、伝えはしましたよ...」と言うケースが多いのか?

このため海外では、牧師や神父にとって「日本人は容易に信じない」「難攻不落」「聞いても悟らないのこの人たち?!」というイメージがあるようです。日本語も分かんないしさ…。


日本人の一人として、自分もわが身に置き換えてその理由を考え続けてきましたが、最近になってようやく、その答えの一部らしきものが見えてきました。


【不信感】
後藤個人を振り返りますと、ええ、そうです。「綺麗なバラには棘があり」「上手い話には裏がある」と言うのは、私にとってみれば至上命令です。

●綺麗なお嬢さんが秋葉原の街頭で声をかけてきて「一緒に絵画を鑑賞しませんか」と言えば、「ああク○ス・ラッセンの押し売りか」と思い、
●アメ横でチョコをどんどん積み上げて、威勢良く売っている店員を見れば「原価などたかが知れている。しかも輸入物、円高だしな...」と思い、
●電車の吊り広告で「あなたの悩み解決(リーブ21、弁護士、スピリチュアル・カウンセラー含む)」等を見ようものなら「ミナミの帝王でやってたやつだな」と思う。

信じやしません。

後藤の信仰の初め、教会に初めて行った時を思い起こすと「主を信じるだけで、死後天国に行けます」といわれ、かつ「逆に信じなければ、地獄に行って死ぬほど苦しみますよ」等脅されると、これはもう完全に拒否反応、でしたね。

そして、一度出た「No」は、かなり強固に心の扉を閉ざすのです。


特に、後藤の人生にこれまで何も関わりがなく、個人的に言葉を交わしたこともない外人、しかも壇上に偉そうに立っている人間が言った言葉なら、一度でも「No」が出ればその時点で後藤は「聞く耳Nothing」なのです。

「ああ、これもまた『うまい話』の一つだろう」と捉えて、①立ち去る②聞いているフリをする③寝る④聖書の関係ない部分を読み始める。と言うわけです。


【じゃあ、どうする】
この意固地で、ひねくれて、すぐ反射的にカチンと来てしまう心。後藤本人ですら、持て余すこの足枷。それを見事に明文化し、言い表してくれた人がいます。

それは薩摩藩の武士だったアンジロウ氏。彼がマラッカで出会ったある『有名人』に対して、日本人の態度について話す箇所です。

その『有名人』がアンジロウ氏に聞きます。彼が日本に行くとしたら、日本人は信者になるだろうか、と。アンジロウ氏はその質問に対して、こう答えています。

「自分の郷里では、すぐには信者にならないだろう。そして、初めにあなたに色々と質問し、あなたが答えたこととあなたにどれほどの知識があるかを観察するだろう。特に、あなたの生活があなたの話していることと一致しているかどうかを見るだろう。そして、もし、あなたが2つのこと、すなわち、彼らの質問によく答えて満足させ、また、あなたの生活態度にとがむべきことを見出さなかったら、半年ぐらいあなたを試してみた後で、人々はキリスト教徒になるかどうかを考え、判断するだろう。」
(二千年の祈り by 高橋佳子、三宝出版、126~頁より抜粋)

つまり、①あなたの知恵・能力・意欲を見、②あなたの人格、言行一致しているかどうかを吟味し、③信頼関係を築いた上で④信じるか否かを決める。と言うことです。

「あなたは私と私の問題に関心を持ち、共に悩み、共に働いてくれるのか」
「あなたに二心はないか」
「あなたの言葉は、行動によって裏付けられているか」
「あなたは、本当に私と共に歩んでくれるのか」…

日本人側としても、意識して・無意識のうちに、そう、問うているわけです。


そんな私たち日本人に、「武士道」「菊と刀」「Musashi(Eiji Yoshikawa)」程度しか読んだことのない外国人の方たちが来日し、2日間やそこら話したところで、届かないわけです。心に響かない。揺り動かせない。

閉じてしまった心に、主はノックを続けるでしょうが…。


逆に、日本宣教に成功している方たち、その共通項を探ると、見えてくるものがあります。
それは彼らが、

①その国に滞在する道を選び、地域の中で暮らし、
②言葉は不十分でも、少なくともその国の文化や習慣に興味を示し、
③まず地域の人々の為に何が出来るのか考え、行動し、
④自分の利を思わず、他人を益することに奔走した
ということです。

クラーク博士の滞在時間は短いものでしたが、その精神は北海道の農学校生徒たちに多大な影響を与えました。それは、彼の名句、クラーク語録のためではありません。
全て英語で執り行われていた授業。それが難しくてついていけない生徒に対して、授業の後も付き添って説明し、理解を深める手助けをしたこと。目に見えない日々のこうした貢献が、触れ合う生徒一人一人の心の中に、主の愛を形作らせていったのかもしれません。

ゼノ宣教師は、戦後日本の復興、特に戦災未亡人や負傷者、孤児たちを支え、必要な支援を届けようとファンドレイジングに奔走し、自らを顧みず働かれた方です。日本語は片言だったと言いますが、彼特有のユーモアのセンスもあり、支援をする側・される側、どちらも日本人ですが、双方に受け容れられて、日本全国を回り伝道を続けました。彼の言葉と行為に打たれて、信仰に篤い「ありの町のマリヤ」こと北原玲子さんも起こされたのです。

活動の拠点は日本ではありませんが、その実績ゆえにその言葉が日本人の心に届いた方もいらっしゃいます。母アグネス・テレサ。言うまでもなく、インドの「死を待つ人の家」から始まった、主の愛の働きは頑なな後藤の心をすら開いてしまうのです。


そしてこの『有名人』も、日本に滞在し、地域で暮らし、自らの知恵を惜しみなく共有し、地域で寝食を共にしつつその生き様を示して、徐々にその影響力を深めていきました。

この『有名人』の来日した時代から、すでに500年近くが経過しています。

そう、その有名人とは、フランシスコ・ザビエルです。


【無理はある】
上記の『How to succeed in evangelical mission in Japan』は、宣教をしようとする人間にかなりのモノを要求します。移住しろってことです。つまり。

昔は、それこそ大航海時代には、移住するしかなかった。それほど行き来が簡単でなかった時代ですから。

しかし今は、頑張ればロス・アンジェルス往復2泊3日。とかでも出来てしまう。我が家、愛する家族を置いて、週末日本で牧会し、火曜日には再び家族と夕食をとる。それが可能だから、腰をすえた伝道と言うのは、逆に難しい。

【では、どうする?】
と言うことは、やはりその地に住んでいる者たちから、神の働きをする人間が選ばれ、台頭してこないといけないわけです。つまり、あなた・私、私たち、と言うことです。

日ごろから良い関係を築き、他者の人生の危機を察し、側にいて手を差し伸べ、謙虚であり、話すよりは聴き、泣く者と共に泣き、仕えられるよりは仕え、愛されるよりは愛する道を探す…。いつも喜んでおり、ひたすら主の示す道を求め、祈り続け、恵みを流し続ける…。

主が福音の中で明確に告げ知らせ、パウロがそのエッセンスを書簡で送り、アシジのフランシスコがその平和の祈りの中で歌い上げた、『己が隣人を愛せよ』『Do onto others』に集約されるのです。

【日本人 A difficult people】

かも知れません。

しかし、触れ方一つで変わるものもある。後藤はそう思います。
信徒人口1%で満足、というのなら、主よ、そう言って下さい。
でも、あなたは残り99%の為にも、確かに来てくれたのですし、十字架に架かってなお、祈って下さいました。

だからこそ、既に救われている私たちが、何を・どうするべきか、教えてください。


信頼関係が既に築けている人々の心を、柔らかく保たせ、あなたの光が、御言葉が届くようにしてください。時に臆病で、時に遠慮がちな私たちをどうか、勇気ある者、主の従者として用いて下さい。
暗闇の、死の影の谷を歩む人々に、謙虚に向き合うことが出来るように、私たちの信仰を増してください。

愛する主イエスキリストのお名前を通して、感謝してお祈りします。アーメン。

主にあって家族
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