後藤 秀孝
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不便さと、思いやるこころ
2006-10-07 Sat 23:38
ここパキスタンの山岳地カシミールの生活を見ていると、「なんて不便な」と思うことがたびたびあります。まず水。水源の位置とパイプラインの有無にもよりますが、多くの家庭が未だに金属製のピッチャー(おそらく10~20リッター)に水を汲んで、泉や湧水拠点から家まで運んでいます。その運び手は、ほとんど例外なく女性です。

次に荷運び。パッダルと言う村があります。最寄りのググダールマーケットから一旦坂を下り、パランギ川を越えて、また山肌を登っていくこと1時間半。そのルートを成人男性は40kgの小麦粉の袋や調理油、野菜などを背負って歩き続けます。レンタルロバはいますが、費用が高くて毎日使うなんて贅沢は地元住民にはできません。
そんな彼らの生活に触れ「なぜ、こんな不便な場所にわざわざ住んでいるんだ?」と疑問に思うこともありましたが、反面「不便ゆえに強い」「不便ゆえに助け合う」彼らの精神に興味を持ちました。
おそらく、カシミールの人々(田舎の人々、と言い換えることもできるでしょうか)は他人のことにばかり気を配っているからハッピーなのかも知れませんね。確かに他人を喜ばせること、「もしこれをしたらOOさんどんなに喜ぶだろう」と想像するだけでも、我々は少し幸せになれます。
そんな彼らだから、2005年10月の震災直後は、とにかく食料も衣類も分け合って、お互い助け合っていたのでしょう。支援物資が届きにくい山奥でも、飢死者に関する報告は皆無でしたから。また地震発生後、精神的外傷(トラウマ)から引きこもってしまったり、自殺、また誰からも顧みられず孤独死したような被災者は、全く居りませんでした。
(反面、1995年1月に起きた阪神淡路地震では、震災による被害もさることながら、老人の孤独死や自殺などの悲しいニュースがメディアを騒がせていましたね。物質的に満たされていても、満たされない人間のこころ…。その繊細さ、複雑さ。そんなことを思わされました。)
他人のことを思いやって、その人が喜ぶことをしてあげる。自分はどうだろう、と考えると、やっぱり四六時中自分のことばかり考えているような気がします。妻や両親のことも、現実的にどれほどの時間を費やして考えているでしょうか。まして友人、知人、お隣さんのことなど…神さまのことすら、一日のうちどれだけの時間想っているだろう…
都会の暮らしは便利だし、食べ物にも溢れ、テレビやインターネットといった情報源、娯楽などに満ちています。でも反面、こうした表面的なものにばかり目を奪われ、忙しすぎて本当に大切なものが見えなくなってしまうことは、残念ながらありそうです。カシミールの住民たちから、わたし達が学ぶべきことは、実はたくさんあるのかも知れません。


carrying water
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