後藤 秀孝
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JAPAN
6.<H. 14日でうつを克服する方法>
2007-11-21 Wed 00:12
<読んでみよう>
「いのちを救おうと思う者はそれを失い、私のためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。(マタイ16:25)」
「まやかしの証人は滅びる。しかし、よく聞く者はいつまでも語る。(箴言21:28)」
「…だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。(ヤコブ1:19)」

<考えてみよう>
本当に14日間?そんな物があったら、試してみたいと思いますか
「コミュニケーション」とはどういう意味でしょうか
あなたの周囲の「コミュニケーション上手」とはどんな人ですか。どんな特性がありましたか
「コミュニケーション」の目的を達成するためには、何が重要でしょう
「人助け」は無意味で、損なことだと思いますか

<コミュニケーションの達人>
「少女時代の私の不幸は、貧しさでした。」現在お婆ちゃんの年齢になり、幸せな家庭を育んできたジェーンさん(仮名)は、昔を振り返りながらこう切り出しました。
「私の家では、同級生たちが楽しむような贅沢は何一つできませんでした。着る物も誰かのお古や流行おくれの物で、しかも成長につれ合わなくなるのですが、それでも代わりがないため着続けなければならなかったんです。学校に行くたびに、周囲の女の子たちのおしゃれぶりを見――そして、私のみすぼらしさを顧みるたび、私は恥ずかしくて堪りませんでした。夜、ベッドで泣くのはしょっちゅうでしたよ。

そんな身の憐れを悟られないようにと、苦肉の策で私が考案したのが、『相手の話を聞く』ということでした。夕食会やパーティでクラスの男子と話すときも、彼の考えや過去の経験、将来の夢などを聞き取る訳です。本当のところ、彼らに興味があって尋ねていたのではありません。相手が私の服装に目をやって、『おやおや』と思うのを避けるためだけに、私は彼らの注意を他に向けておきたかったんです。

しかし不思議なことに、最初は全然関心もなく聞くフリをしていたのですが、彼らのことを知るにつれ、本当に興味を持つようになったんです。私の問題――みすぼらしさ――を忘れてしまうほど、彼らが熱心に話すのに聞き入ってしまうことがありました。

更に驚くべきことは、私がよい聞き役に徹したことで、相手が話し易く感じたのでしょう、彼らはこぞって私のところに来て、お喋りするようになったんです。貧しくて、古びた服装を恥じていた私は、しかしクラスで一番の人気者になりました。
その結果、卒業を迎えたとき、私の夫も含め3人の男の子からプロポーズされたんですよ。うふ。」

<やってみよう>
下記の質問表に沿って、手始めにお父さん・お母さんに質問してみましょう
偏見や先入観、批判などを含めず、「よく聞く者」に徹しましょう

<他人のため=自分のため>
「5年前の12月のことです。」秘書学校を経営するムーンさんは、自分の孤独と喪失感が癒された経験に触れ、こう話し出しました。
「3年間に渡る幸福な結婚生活が、夫の突然の死により終わりを告げたとき。私は悲しみと自己憐憫で一杯でした。クリスマスが近づくにつれ、私の悲しみはより深くなっていきました。かつて一人ぼっちでクリスマスを過ごしたことなんて、なかったからです。町中がクリスマス色に染まっていく中、私はますます凹んでいきました。
友人たちは私を招いて、一緒にクリスマスを祝おう。そう持ちかけてくれました。しかし、幸せな家庭を見て泣かずにいられるほど、私は回復していなかった――だから断りました。
クリスマス・イブが近づいてくる――それだけで、私は狂わんばかりでした。
クリスマス前日。私は職場から早退しました。午後3時にオフィスを出て、当て所もなく5th アヴェニューを歩いて――この寂しさが少しでも紛れることを期待しながら。
通りは喜びと幸福一杯の家族やカップルで溢れていました。彼らに、自分の幸せだった年月を重ねて見てしまうと…泣いてしまいます。そんな状態でアパートに帰り、独りで悲しみに沈むのは、私にはどうにも耐えられそうにありませんでした。

どうしよう…。その時の正直な気持ちです。私は行く場所も、するべきことも分らずに、ただただ立ちすくんでしまいました。知らずに涙がこぼれます…。
それから小一時間も歩いたでしょうか。私はバス停の前にいました。その時、夫とよく行き先も知らないバスで街を冒険したことを思い出し、ふらふらと最初に着いたバスに乗り込みました。
街を抜け、ハドソン川を渡ると、バスの運転手が『次、終点です』と告げてきます。仕方なく、暖かいバスを降りて、夕闇の中見知らぬ街を歩き始めました。そこには閑静で、平和な空気が満ちていました。
家に向かうバスを待っている間、私は散策を始め、小さな教会の前を通りかかりました。礼拝堂の中から『聖しこの夜』のリズムが聞こえてきます。私はドアを開け、礼拝所に入りました。そこにはオルガン奏者が練習しているばかりで、他には誰もおりません。
私は気付かれないよう、静かに通路を横切り、隅の席に座ると、音楽に聞き入っていました。きらびやかなツリーのデコレーション、心地よいオルガンの音――そして、朝から何も食べておらず、また歩いて疲れたこともあって――私はそこで眠りにおちてしまいました。

目覚めたとき、私は自分がどこにいるのか分かりませんでした。私の目の前には、二人の黒人の子どもたちがおり――姉と弟、そのお姉ちゃんのほうが、私を指差してこう言っていたのです。『サンタさんが連れてきたのかしら?』
目覚めて動揺する私を見て、姉弟はもっと驚きました。『大丈夫よ、心配しないで』と言うと、彼らも落ち着き――そんな彼らをよく見ると、貧しく寒々しい服を着ていました。
彼らに親のことを尋ねると、『お父さんもお母さんも、いません。』と返事が。そうか、孤児なんだ…。
考えてみると、私なんかよりもっと悲しく、辛い状況にいる二人です。孤児として親の愛を知らず、家族で過ごすクリスマスの喜びを知らず…。
私は自分の弱さが恥ずかしくなりました。そこでせめてもの償いに、彼らと一緒にツリーを眺め、近くのデパートで軽いスナックを食べたり、プレゼントを買ってあげました。

その時、私の孤独と自己憐憫は、魔法のように消え去っていました。彼らの話を聞くと、私の少女時代がどれほど恵まれたものだったのかを痛感させられます――少なくとも私には両親があり、ツリーやプレゼントといった物が用意されていたのですから。
実に、彼らは私がしてあげられたことより、遥かに大きな恵みを与えてくれました。悲しみを超える喜びと、自分の辛さを忘れられるだけの思いやり。私はこの経験から、自分が幸福になるためにはまず、他人の幸せに貢献することだ、ということを知らさせられたのです。
誰かを喜ばせることで、自分の中にあった不幸や悲しみを乗り越えて、私は生まれ変わったような気分でした。
そのイブから私は新しくされ、それ以降悲しみに打ちひしがれることはなくなりました。
あの孤児たちを思いやることで、夫不在という状況は変わらぬまま、私は傷心の壁を乗り越えられたのです。」

<まとめ>
あなたの周りに、あなたより辛い目に遭っている方、寂しい想いを経験している方はいるでしょうか。
彼らの痛み・悲しみを和らげるために。できることがあります。
それは、元気な挨拶かもしれないし、良い話し相手になることや、一緒に泣いてあげることかもしれません。食事を共にすること、誘ってあげること、作業を手伝ってあげることかもしれません。
まずは自分自身の幸福のため(それでいいんです)彼らを助け、彼らに益を計りましょう。

<他の章節・文献>
「雄弁は銀、沈黙は金」トーマス・カーライル
「人助けの精神=高尚なる自己中心」アリストテル
「人助けは務めではない。喜びである。その人に健康と幸福を与えてくれる宝である」ゾロアスター
「他人の喜びに貢献する奉仕の精神は、持ち主をも幸福にする」D.カーネギー

「恵みは降り注ぐ。
仰ぎ見る天より降る、優しい雨のように
大地に降り注ぐ。

あなたが注いだ恵みは、2倍の祝福をもたらす。
まず恵みを与えたあなたを、
そして恵みを受けた方をも祝福する。」W.シェイクスピア

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