後藤 秀孝
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JAPAN
5.周囲からの否定・批判を克服するには
2007-11-14 Wed 00:38
<読んでみよう>
「死んだ犬を蹴る奴はいない」
「嫉みに満ちた陰口や、他人をこき下ろす容赦ない批判――それは、嫉まれ批判されている人の真実を明かすのでなく、毒を吐いている当人の下卑た人格を明かす。」

<考えてみよう>
あなたは悪口を言われたことがありますか
悪口を言う人は、そこから何を得ようとしていると思いますか

<批判される条件>
「死んだ犬をける奴はいない。」という諺があります。それはつまり「重要でない人を構う奴はいない」ということです。例えば、心無いマスコミが誰をいじるかと言うと、今脚光を浴びている「時の人」です。逆にホームレスの方のスキャンダルを追い求める記者・パパラッチはいません。

誰でも仕事やライフワークで芽が出てくると、周囲から好奇の目で見られ、少しでも気に喰わないところがあれば批判・否定される訳です。ご存知の通り、一度スポットライトが当たると「OOした」「OOしなかった」と、何であれ叩かれますね。

批判・否定はある意味、人間の性質――残念ですが、そう割り切ってください。


<歪んだ喜び>
こんな言葉を聞いたことが?
●最高の演奏を終えたピアニストが舞台挨拶すると、「あの人のドレスと靴はちぐはぐだ。センスがないね。」
●レストランで素晴らしい料理を食べても、「ここは美味しいけど、サービスがなってないよ。」
●期待された方が首相になっても、「過去の汚点がぽろぽろ出てきた。いつまで続くやら。」

そうです。残念ながら、どんな人にも欠点を見出して、こき下ろす人はいるのです。
自分が誰であろうと、同じ偉業ができようとできまいと。
長所を見ずに短所だけを見て、その方の格を下げようとする訳です。

他人の格を貶めることで、彼らは何を得ようとしているのでしょうか。
それは偉業を成し遂げた方、友愛に溢れた方をけなす事で、あたかも「自分が彼らより上」という幻想を抱きたい、ということでしょう。

彼らは往々にして自分の価値を、他人と比較することで理解しようとします。自分が立派で素晴らしい人間であるということを、他人を引き摺り下ろさないと実感できないのです。

こう考えてみると、批判家の人はある意味、自分のことを知らず、その価値を認められず、愛せない状態なのではないでしょうか。

<やってみよう>
以下の批判を読んで、一体誰のことが書かれているか分りますか。

(1)「足が速いだけの、逃げ打ちバッター」
「個人の成績を上げるために、チームの勝利を犠牲にしている」
「彼の長距離打もない、チマチマした野球など見たくない」

(2)「実力なし、ただの客寄せパンダ」「偉そうに喋るくせに、歌は口ぱく?」
「我がままだから、付き合う人は苦労する」「歌詞盗作、整形疑惑」

(3)「ぼろをまとった悪魔」「地獄の天使」「超 物乞い」
「バチカン法王により列福された熱狂的原理主義者、偽善者」

(4)「犯罪者・悪人の友」「悪魔の力を使い、人々を騙している」
「神の冒涜者」「自分のためには何もできないほら吹き」

(答えは一番下)

<気にすんな>
根も葉もない陰口や批判、いじめなど。加害者の心理を少し、お分かり頂けたと思います。

ですから、誰から何を言われようと、「ああ、この人は私に嫉妬しているのか」「自分のことが嫌いだから、他人にも当たるんだな」「内側が争いと苦しみで一杯かも」「可愛そうな人だ」といって肩をすくめ、忘れるのが最善の方法です。
決してあなた自身を彼らのレベルにまで下げて、復讐しようとしてはなりません。

また悪口や否定を、嫉妬や羨望の裏返しと捉えれば「お褒め頂き光栄です」と笑えるのではないでしょうか。

状況はどうあれ、力をぎゅっと入れて正面から受けてしまうのでなく、受け流してください。それが本当の強者です。

<他の章節・文献>
「…私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。生粋のヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。
しかし、私にとって 得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。(ピリピ3:5~7、使徒パウロのことば)」

「私についての批判や否認の声を全部聞き、信じるなら、他の商売と同じように閉店してしまった方がましだ。私は知る限りベストの政策を、全力で実施する。私の任期が終了するまでし続ける。
その結果、もしいい成果が残せたとしたら。これまで言われてきた愚痴や文句は消し飛ぶだろう。もし悪い結果に終わったら、天の軍勢が『あなたは正しかった』と言おうと、政策は失敗だったのだ。」ウィンストン・チャーチル

<こたえ>
(1)イチロー選手
(2)浜崎あゆみ
(3)マザーテレサ、そして
(4)イエス・キリスト

もし彼らが批判され、陰口を叩かれ、敵視されたのだとしたら。
私たちが同じような目にあうのも、残念ながらありえますよね…。
忘れないで。人から理解されない・否定されて苦しいのは、あなた一人ではないですよ。
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この記事のコメント
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2007-11-21 Wed 13:01 | | #[ 内容変更] | top↑
聖ででさん。再訪&コメントありがとうございます。

見ず知らずの、まったく異なる人生を歩んできた方たちと、ふとしたきっかけからお会いできる機会に恵まれる。
これには本当に、主の導きを感じます。志やこれまでの活動、友人関係もありますが、各人に共通する唯一の接点がイエス・キリストですからね。

こちらもお会いできるのを楽しみにしています。

とりいそぎ、コメントへのお礼とご挨拶まで。

主にあって
後藤 秀孝 拝

鴻巣は祈りの力で突破する予定ですが、東京に切り替えるかも?主よ~
2007-11-22 Thu 00:15 | URL | ごとう ひでたか #-[ 内容変更] | top↑
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