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後藤 秀孝
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JAPAN
「兄弟に対して怒ってはいけない」
2006-09-26 Tue 00:02
私はキリスト教徒です。清く正しい、聖なる選民の一人です。既に悟ってますし、救われてます。怒り?ありません。赦しがあるだけです。私の神さまについて言うことは重要だし正しいから、あなたも耳をかっぽじって聞くべきだ。聞いて救われてw。辛いときもあるけれど前向きにがんばるよ。だからみんなもがんばろう!ってまた一人救ったよw。こんな風に私、神さまのためいいことしてます。えらいでしょ、エッヘン。
上記ポイントについて、2点ほど。
1.もしあなたが教会に長く居て、奉仕も指導もしていて、たくさんの兄弟姉妹に囲まれて、その自負が逆に、ほんの少しでも上記のような感覚につながってしまっているとしたら、大変だ。
2.もしあなたが初めて教会に行って、こんな人に出会ったら、大変だ。

だって、怒らない人間なんていないじゃない。辛いときへこんだり、転んで泣いて倒れっぱなしだったり、悪口言ったり、小さな嘘ついたり、作り笑いしたり。神さまのスタンダードからいけば、多かれ少なかれみ~んな罪びとです。聖人なんて残念ながら、いません。
それを「私は聖い」「私はすげえ」「私は物知りだ」「私はイカス…」と自画自賛してしまうのも、人間なのですが。しかし、清く美しい理想的な話はもちろん結構ですが、神さまの前に自分をさらけ出して、正直、謙虚であるほうが尊いのではないでしょうか。
本当の謙虚さとは、即ち自分に正直になる事。ありのままの自分を認めることです。神さまにはどんなに取り繕っても、ごまかしても、すべてお見通しですからね。変に聖人ぶっても即メッキがはがれます。だったら最初からありのままの自分をさらけ出して、罪びとですが、神の愛をできるだけ実践しよう、キリストにはとてもなれんけど、真似して自分のなれる限りのベストになってやる、と努力するのが尊いんじゃない。だって、神さまは私たちの弱さを知らない方ではないんですから。

『「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとりはパリサイ人で、もうひとりは取税人であった。
パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫をする者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。
私は週に二度断食し、自分の受けるものはみな、その十分の一を捧げております。
ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。神さま。こんな罪びとの私をあわれんでください。」
あなた方に言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、誰でも自分を高くするものは低くされ、自分を低くするものは高くされるからです。』ルカ18:10~14

JCイエスキリストも、謙虚な取税人を讃えて、そう言っています。そして、神さまが喜んで受け入れてくれる贈り物ランキング1位は、あなたが凹んだり、後悔したり、落ち込んだときの、「くだかれた、悔いた心」なんですから。神さまはそれを、蔑(さげす)まず、ありのまま受け取って抱きしめてくれますよ。(詩篇51:17)


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