後藤 秀孝
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JAPAN
歌う
2007-08-18 Sat 16:15
歌には力があります。そう聞いて、うんうん、と頷いてくれる方は、ミュージシャンの方たちだけではないはず。

しかしその「力の源泉」が、どこにあるのか?そんなことを考えさせられる機会が、先日ありましたので共有させて頂きます。

一つ目の例は、ある方のブログで。戦後東京で孤児院を開き、戦災孤児たちを集めて活動されていた女性(仮に、智子さんとしておきましょうか)のお話です。

大空襲あとの東京は、文字通り焼け野原でした(第二次大戦の被害で、原爆の威力が語られることは多いのですが、東京大空襲の意図的な大虐殺――焼夷弾でまず円を描き、人びとを輪の中に閉じ込めた上で、絨毯爆撃を仕掛ける――については、あまり語られていません)。目に映るものは、辛うじて残った鉄筋と、燃えかすだけ…。ただでさえ暑い夏の日差しの中、日よけになる木も、建物もなく。拾ってきて立てかけたトタンは熱く焼けて、とてもその下に身を隠せる代物ではありませんでした。清潔な飲み水も、満足な食べ物も、トイレも、医療施設も、もちろんありません。

そんな状況で、親を喪った子どもたちを孤児院に集めて、智子さんが懸命に面倒を見ていました。無口で、感情を失ってしまった子どもたちに、微笑みを取り戻してもらおう。そう決意して、何も満足に手に入らない中、歌を歌ったり、踊りを教えたりしながら、活動していました。

そんな、ある夕方のこと。かろうじて雨露を防げるようになった孤児院に、二人の酔っ払いが押しかけてきました。すでに赤ら顔で、吐く息はお酒の臭いに満ちています。そんな彼らが、欲求不満と腹いせのはけ口として、孤児院に踏み込んできたのです。

智子さんには、もちろん彼らを追い出したり、撃退する力はありませんでした。

そんな時、子どもたちを励まして、智子さんは歌を歌いました。できる限りの抵抗。自分の中の怖れを、ただ歌によって忘れるように。

「夕焼け小焼けで 日が暮れて
遠いお寺の鐘がなる
お手てつないで みな帰ろう
からすと一緒に 帰りましょう」
(作詞者 中村雨紅/作曲者 草川 信)

智子さんと、年端も行かない子どもたちが、無心に歌ったこの歌は。
しかし、その二人の男性の心を、はげしく打ちました。

彼らの目には、涙が溢れ。
その声には、嗚咽が漏れたのです。
彼らはその涙を恥じるように、孤児院を出て行きました。

<なぜ…?>

二つ目の例は、ある若年天才歌手の話です。彼女のことは、アナとでも呼びましょうか。
アナがその美声をもって欧州を席巻していたとき。当時クラッシック界の大御所であったステファン氏が、彼女の舞台を堪能したあと、隣の友人たちに語った言葉です。

「彼女の歌は、きれいすぎる。そこには傷もなく、暗やみもない。
もし誰かが彼女のハートを砕いたのなら、
彼女は文句なしに、欧州最高の歌手になるだろうに。」

<なぜ…?>

三つ目は、スリランカの刑務所で歓迎に供された、意味も分らない、拍子もランカ風な歌についてです。過日書きましたが、刑務所内に満足の行くような楽器があるわけでもなく、レントゲンのフィルムを枠に張っただけのドラムで女性が拍子を取り、歌い手が高く、低く、その声を張り上げて歌うわけです。

そう、見ず知らずのガイジンに対する、最大限のWelcome。彼女たちができる、最高のおもてなしとして。ベスト・セレクションの中の、特に素晴らしい歌(後で聞いた話ですが、入所者たちのオリジナル曲)を披露してくれたのです。

そこには、言葉が通じないにもかかわらず。私の妻を泣かせるだけの、深い心の響きが刻まれていました。

<なぜ…?>

<「歌」のちから>
ここで、皆さんが泣いてしまった曲を、頭に思い浮かべてください。

聴こえてきましたか…?

その中で、一体何が、あなたを泣かせたのか。少し考えてみましょう。

声。美しく、悲しい声で歌う方はいらっしゃいます。でも、声だけじゃ泣けないぜ?

メロディ/曲。これは、「ここのギター部分にしびれる!あこがれるぅ!」という一部マニアックな人にしか、分からない涙かも。

歌に込められた想い。歌手が乗り越えてきた人生の艱難が、想いが、その歌声に顕われるのでしょう。サブちゃん始め、底辺から始められた演歌歌手の唄と、もーむすを聴けば、自ずと分かります。これは、例2・3ですね。

そして、歌詞。特に、その内容が自分の状況や悲しみにかぶると、涙が溢れてしまうこと、あるでしょう。
例1の「夕焼け小焼け」は、失われた「家」「家族」「安らぎ」「愛」を歌っていたので…。それを喪い、荒れていた男性の心にも、響いたんでしょうね…。

それら全てが、渾然一体となって耳を抜け、体を震わせ、私たちの脊髄を走り抜けたとき。

私たちの中に広がる情景。
私たちの「現在」や「過去」。
私たちの知る友や、肉親の顔。
私たちの内に秘められた想い…。

それらが、私たちを泣かせるのだと思います。

曲ではない。カラオケの上手さではない。
その歌に込められた想いと、歌い手の人生そのものが。
私たち聴衆の想い、人生とシンクロして初めて、涙がこぼれるのでしょう。


ゴスペルも同じ。
礼拝も同じ。
リーダーシップも、会議術も、スピーチも、選挙運動も…。
雄弁で、話し上手な方が、必ず人の心を打てるとは、限らないのです。

逆に、あなたの、私の人生の中で、手に入れたもの。
瓦礫の中で見いだした、宝。
汚濁の底で見つけた、美しさ。
嵐の中から生還した、強さ。
非難と反対の中で培われた、信念。
諦めの中から見出された、希望。
裏切りと不信の中でも捨てなかった、赦し。
孤立無援、敵だらけの中で持ち続けた、愛。

これらがすなわち、あなたの、そして私の、想いです。力です。
この宝物は、あなただけのものです。誰にも真似できません。誰にも取り上げられません。

ですから、歌うにしろ、話すにしろ。こうした「想い」の力。
そして、自分の中の「想い」を、言葉にして相手に伝える力を、養っていきましょう。

なぜなら。あなたが聴衆の面前で、証をしたり、教えたりするときは、すぐそこまで来ているからです。

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あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
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