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後藤 秀孝
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あなたはわたしのもの
2007-07-26 Thu 12:11
私のキリスト教徒としての人生は、神さまとの賭けに始まりました。脳卒中で倒れた友人の癒しの奇跡を、自分というちっぽけなエサで釣ろうと必死だった私は、「彼が100%復調するなら、あんたの勝ち。私はあんたの物です。」と愚かなギャンブルを挑んでしまい――そして、案の定大敗しました。感謝。そんなある種、人間の下らなさから始まった、信仰だったわけです。

しかし、2004年11月の人生を決めた晩から、今日まで本当に「私はあんたの物」の意味を、理解して来れたかというと、「甘かった」ようです。「大甘」だった模様です。

そう言うのも、2日ほど前から再び、「第OOO次夫婦戦役」→冷戦突入とあいなって、夫としてもふて腐れていた時。ここんとこブログが手抜き工事だったのは、こういう内々の状況が表に出た、悪い例です。ごめんなさい。

そんな憤りと不満の中で、今朝出勤途中に頂いたのは、こんなことばでした。

私が、「彼女のせいで、私生活のムードが乱れると、私の公の生活にも乱れが出かねない。」「これから更に厳しい道を行こうとしているのに、今からこんなじゃあ、先が思いやられますよ神さま。」「あ~だこ~だ。」とぼやいていると、神さま改心の一打です。

「あなたは自己弁護する必要はない。
わたしはすべて知っているのだから」
「ただ、祈りなさい。彼女のために」
「怒りの言葉が出そうになったら、それを心の中で紙に書いて、
その紙を破り捨てなさい。
ひとたび口から出てしまえば、その言葉は人を傷つける。
その傷を癒すことができないのなら、最初から言わないことだ」

(は~い神さま…)そして、続けてこう言われました。

「妻が感情的だろうと、なかろうと、
妻が言うことを聞こうと、聞くまいと、
妻が協力しようと、しまいと、
そんなことは関係ない。

あなたは、わたしの物。
あなたは、わたしの与えた目標を達する。」


そうでした。
私、博打のかたに取られた身でしたね。

妻や両親、兄弟が、賛成しようと、するまいと。
他人や社会から理解が得られようと、得られまいと。
成功が得られようと、得られまいと。

信仰を継続する。

大事なのは、妻も含めて、他人ではない。
自分がどう「動かされずに信仰に生きるか」なのだから。

負債の担保としての私は、すでにない。
現所有者であるあなたが、自由に用いることができるのだから。

了解神さま
今日、また一つ肩の荷降りました。

「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。
わたしはあなたの名を呼んだ。
あなたはわたしのもの。
あなたが水の中を過ぎるときも、
わたしはあなたとともにおり、
川を渡るときも、あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、あなたは焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している(イザヤ43:1~2、4)。」

いつも応援感謝しています。
あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ
愛と平安を見いだすことができますように。
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この記事のコメント
#157 そうですね
こんにちは。
人間、人生上手くいっている時はかなり自分を「私ってすごいかも!」と勘違いしてしまうものです。

そして、おちこんで何も楽しいことや嬉しいことがないと、神様の存在を疑いたくなるものです。
「神様は人間みな平等に扱ってくれるんじゃないの!?」

これこそエゴな考えです。

他人を批判する人、他人に優しく出来ない人は、心の余裕がない人だと私は思います。

かつて私も忙しい時があり、他人に辛く当たったことがあります。
営業成績が伸びず、イライラし人からのアドバイスも素直に聞けない、本当にあの時は、こんな状態がいつまで続くのか、出口をはいつくばって探していました。
今になってみると、この時の頑張っていた自分が現在の自分を成長させたんだとわかりますが、おそらく神様は私に気付かせたかったことがあったから試練を与えられたのだと思います。

夫婦だからストレートに感情をぶつけられるのだと思いますよ。深い絆があるからこそ、本音でぶつかりあっても何とかやっていけるのでは?

うらやましい限りです。

私なんか、相方が年下なもんで、かかあ天下っぽくなって相方はいつも私の顔色を伺っていますよ(笑)

仲良くね!
2007-07-27 Fri 00:39 | URL | 都美子 #-[ 内容変更] | top↑
#158 管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007-07-27 Fri 10:01 | | #[ 内容変更] | top↑
私が囚われていたのは、「仲のいい宣教師夫婦」「職務上のパートナー」「一致団結。構え!撃て~!」みたいな、「絵に描いた」ような夫婦像でした。

それが望ましいのは確か。何を始めるにつけ、家族一丸となって立ち向かう。聖書にも「三つよりの糸は簡単には切れない」と書かれている通りです。
また「技能によらず、性格によらず、全てを信仰によって」行なう中で、誰一人不要な人間などいないことも事実です。


同時に、私たちには背を向ける選択も用意されている…私には、彼女の傷や自己憐憫、報復欲、過去の事象に対する恨みを、遡って変えることはできません。時に荒ぶる彼女の感情の波を鎮め、傷を癒す努力も、彼女が私に期待するようには、100%できないのが事実です。人間ですから。

その点においては、文中にしたためたように、私にはただ主にあって、祈るばかりです。


夫へ背を向けた妻を、無理やり引き戻して「チームの一員として、一丸となって働け!!」ということも、私はしません。
主が良いお手本なので…。私もお手本に従うばかりです。

キリストはまさに、押し付けや引っ張ることをせず。ただ私たちが自ら悔い改めて、光に向けて顔を上げ、主が差し延べた手を取ることを、辛抱強く待っていてくれています。だからこそ、私のような偏屈者も、大人しく、そして喜んで、従うことができます。逆にそうでなければ、自らを捧げることなどできはしない…。


すみません。上記自己弁護でした。
話せば話すほど、何か自分がいやな存在に思えてきますね…。

だから私は、神に向かい、神に祈るのです。


NGO転職の時も。アフリカ行き(予定→パキスタンへ変更)の時も。妻は一番の反対者でした。これからもおそらくそうでしょう。

神の御手が、彼女の上にあることを祈るばかりです。

ごとう ひでたか 拝
2007-07-27 Fri 21:58 | URL | ごとう ひでたか #-[ 内容変更] | top↑
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