後藤 秀孝
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JAPAN
1. あなたを守り、力を与えてくれる方
2006-09-21 Thu 23:49
8月24日、それは私にとって特別な日になった。朝一の特例ミーティング。みんなコーヒーカップを持ってお喋りしながら会議室へ入る。着席し、ドアが閉まると、事務局長の第一声目が「スタッフの病死」を告げる悲痛なニュースだった。
8月初旬からイスラエル軍の攻撃に苦しむレバノンで、国際スタッフ3名が緊急支援のための調査を行ない、日本側では私が情報を吸い上げ助成金や寄付の申請をしていた。窓口役であった私にしてみれば、突然これまでしてきたことが空しく、意味のないものになってしまった。特にスタッフの死の約10時間前、電話で短く話していた私には、「何故」彼が亡くなったのか全く理解できなかった。その時はぜんぜん元気で、普通な様子だったのに…
その後吹き上がった感情は、後悔と自責の念だけだった。何故電話したとき、もう少し彼の様子や体調を聞いてあげられなかったのか。ちょっと時間を無駄にしてもいい、国際電話だからって気にするな、何か気になることがあれば親身になって聞いてあげれば、その段階で休ませるなりして違う結果が出せたかもしれない。何せ、日本人はそのスタッフ一人で、あとはフランス人だったのだから、気兼ねなく母国語で話せる「自分」という人間の果たせる役割は大きかったはずだ。何故できなかったのか…。
涙がこぼれた。無力感と、後悔と、自責の念に苛まれて、何も考えられなかった。会議室で大泣きし、発表の後トイレで顔を洗ったが、席に戻っても涙が止まらなかった。椅子の高さを下げて、真向かいの女性職員から顔を見られないように隠した。
そんな絶不調な日の午後5時から、私は大事な会議の席で3団体合同声明の締めを発表することになっていた。私の発表項目は「レバノンがいかに安全か。」日本のNGOが実際に活動を開始するために、外務省、またジャパンプラットフォームを説得しなければならなかったのだ。他団体からの期待もあり、今更やめるわけにはいかない。
でもなんて皮肉な。今朝一名私のチームメートが亡くなった現場が、確かに不発弾や戦闘行為でなく「病死」ではあるけれども、そのレバノンが安全ですって?体調を崩したのもそもそもストレスなどがあったせいではないのか。52歳の経験豊富なNGO職員が、発作を起こしてしまうような環境が、安全かって?
自分の中のこんな矛盾を抱えながら、責任の大きな発表の場に向かう前。本当に苦しいときしかお祈りしないでごめんなさい、神さま、でも助けてください。「今日だけでいい、今日一日をやり抜く力をください」明日なんか知らない。とにかく今日一日を戦い抜ける、力を与えてください。涙に震えも加わって、精神と身体のバランスが取れなくなった時、こんなふうに祈ることしか私にはできなかった。
会議の席で、私たちの番が来た。大勢の有識者や経済界のリーダーたちに囲まれ、緊張しまくるべき場所だが、その日は逆に脱力してしまっていた。それがいい目に出たのかもしれない、言うべき箇所を言い終え、着席すると、外務省の担当官の方は日本NGOのレバノン出征を条件付きではあるが承認してくれた。
ひとの死の影響の大きさ。それが残された家族や友人、同僚に与える虚無感と後悔の念。今になって初めて言えることだが、時間だけが解決してくれることは多い。ただその時間の経過による癒しが効果を表すまで、その苦しいときにぜひ、神さまに祈ることを覚えていて欲しいのだ。孤立無援の窮地に立たされたとき。自分の足場が崩れ落ち、ただ絶壁にしがみついているような苦境にあっても、神さまにすがることができることを、みんなに忘れないでいて欲しいのだ。
自分の力でなく、自分の意思でなく。神さまが代わって下さる。神さまが必ず必要な力を与えてくださる。そう信じて。
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