後藤 秀孝
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JAPAN
その男、ヨブ
2007-06-16 Sat 18:07
聖書の中に「ヨブ記」という章があります。これはヨブ(Job)という名の富豪が、サタンの仕掛ける試みに遭い、家族、資産、遂には自分の健康まで損ねて後、3人の旧知の友人たち(+若者1人)と神の意図について話し合う、その白熱した議論からなっています。

ヨブの通り抜けた苦しみや痛みがどれほどだったのか。それは彼が、友人たちに語り始めた言葉で、明らかになりました。彼は、こう言って呪ったのです。

「私の生まれた日は滅びうせよ。」と。
「なぜ、私は、生まれ出たとき、息絶えなかったのか」と。


最初にヨブ記を読んだ時、私は釈然としない想いに包まれていました。
「なぜ神の前に正しく生きて、築き上げたものが奪われてなお、神に信頼している人が苦しめられるのだろう」
「なぜ神は、試みと悪意に満ちたサタンに権限委譲し、ヨブの人生を変えたのか」
「なぜ落ちるところまで落ちたヨブを、神はさらに叱りつけ、否定し、挑発したのだろうか」
「そしてなぜ、3人の友までを罰せられたのか」


実にヨブは、友人たちが訪ねてきた時、路上で座り込み、腫物で覆われた身体を土器のかけらでかいていました。息子7人・娘3人、羊・らくだ・牛・ろばなど資財を全て失い、全身の皮膚から膿がでる病に冒されたまま、貧困によって路上生活を強いられたのです。

苦い思いと、反抗心で満たされていたヨブの心は固く、友の励ましの言葉すらネガティブに捉えて、自己憐憫と正当化に浸ってしまいました。つまり、心砕かれ、今まで信じていたものに裏切られたヨブは、「友まで私を誤解し、分かりきったことを並べて私を責め、侮辱している。」と感じたのです。

しかしそれは、ヨブが神と本当の意味で、邂逅するためでした。


そう。ヨブが友人の励ましや忠告を振り払い、自分の格言を取り上げて、「私は正しい」「私は神の道を片時も離れなかった」「私は神と討論したい」とのたまわった後。神よりも自分を義(よし)としたヨブに対して、若者エリフが怒りに燃え、話し始めます。そしてその話は、ヨブに神への畏れを取り戻させ、神はその畏れを認めてから、彼に直接話しかけるのです。


「あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。
知識もなくて、節理を覆い隠した者は、だれでしょう。
まことに、私は、自分で悟り得ないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。
どうか聞いてください。私が申し上げます。私はあなたにお尋ねします。私にお示しください。
私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。
それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔い改めます(ヨブ42:2~6)。」


人生の底で、ヨブが見たものは、神。
そして、己を正当化し、憐れむことばかりに囚われ、醜くこわばった自分の顔…。
彼は、長い苦しみのすえ、本当の悔い改めに辿りついたのです。

その後、神は彼を以前よりも祝福され、ヨブ記はハッピーエンドで終わるわけですが。
彼はこれらのことが起こるまでは、幸せで、満ち足りて、正直神を必要としていないくらい、恵まれていました。神がその力をフルに働かせるのに必要な条件として、プロテスタントの父、ルターはこう言っています。

「神の本性は、無から何かを創ることである。それゆえまだ無でない者からは、神は何も創る事ができない。…それゆえ神は、見捨てられた者でなければ迎え入れ給わず、病む者でなければ癒し給わず、盲いたものでなければ目を開き給わず、死せる者でなければ生かし給わず、罪びとでなければ義と為し給わず、愚者でなければ賢く為し給わない。
一言で言えば、惨めな者でなければ憐れみ給わず、不興を蒙っている者でなければ恩恵を与え給わない。」

そう。一度落ちるとこまで落ちてみないと、本当に理解できないことはあるのです。


私たちも同じ。満たされて、幸福な間は神など必要としていません。
しかし、人生の荒波にもまれ、すべてを失ったときに改めて、その栄光を見ることもあるのです。

苦しみの中で、私たちが神に疑念を投げかけ、不満を打ち明けるとき。
「正しい者の私が苦しんでいるのに、神はどこにいるのか」
「私が傷つき/侮辱され/痛めつけられ/手ひどく扱われているのに、神は一体何をしているのか」
「なぜ救いの手を差し伸べてくれないのか…。」
そんな想いが首を持ち上げるとき。

覚えていてください。
「あなたは、神に対して怒ることもできる。
しかし神は、あなたに対して怒ることはない。」ということを。

幸いなのは、嵐に会わない人ではありません。
ヨブのように、その中からさらに優れた、素晴らしい宝物を見いだすことができる人です。


だから私たちも、来たるべき人生の暗やみに備えて、日ごろから神のことばに学びましょう。
また、今苦しみの底にある人は、主にあって希望を捨てずに日々生きて行こうではありませんか。

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