後藤 秀孝
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<主にあって、ユニーク。主にあって、選択>
2007-05-12 Sat 14:22
神さまは、私たち一人ひとりを、ユニークで、特別な存在として創造されました。それは「あなたの先に、あなたのような者はなかった。また、あなたのあとに、あなたのような者も起こらない(I列王3:12)。」と聖書にもある通りです。

そんな「他に類を見ない」私たちが集まってできている、社会。さぞかし豊かなバリエーションを持った世界でしょう。

しかし現実には、私たちが、その個性を前面に出すとき。私たちが、より素晴らしい存在に生まれ変わろうとするとき。世間一般が「出杭打」を執行する可能性は否めず。そして、これまでの交友関係が、変わっていくあなたを受け入れられないことも、敵視する可能性さえ、…残念ながら否めないのです。

しかし、神さまは「私たちのユニークな存在を、ギフトを、この世界に明らかにせよ」と言われます。この世の光として輝けと。この味けない、ダルい社会に、ピリッと効いた塩味として、神の栄光を明らかにせよと。

己のかけがえのない個性と、特別な使命を胸に、世界に変化をもたらした人々。それは、群集が「頭おかしくなった?」と野次る中、迫っている災害の警鐘を鳴らし、箱舟を建造したノア(創世6~)であり。「復讐鬼」「グラディエーター」「パニッシャー」にならなかったヨセフ(創世37~)であり。当時の潮流であったバアルとアシュラ像を(夜半にこっそり)切り倒したギデオン(士師6~)であり。わが身可愛さに逃げ出すのが普通なのに、羊をさらう熊やライオンを追跡し、ひげをつまんで打ち殺す、牧者ダビデ少年(Iサムエル17~)であり。ユダヤ人社会から、抜け忍として追われる身となった、パウロ(使途9~)です。

<少女の葛藤>
そうした人物の中で、一人スポットライトを当ててお話したいのが、「ナアマンのしもべ(II列王5~)」です。
「誰?」といわれた方、正解です。そう、「ナアマン将軍」ですらない。その「しもべの少女」です。

その少女は、聖書に名前の記述がありません。仮に亮子としておきましょう(なぜ日本名)。少し背景を解説しますと、イスラエル人の亮子は、アラム人によりその家族を殺され、故郷から拉致されてきました。そして、アラム軍を導き、彼女の両親の命を奪った将軍、ナアマンの家のはした女として、生涯を過ごすように命じられます。(亮子ガーン)

そんなとき、憎き両親の仇、ナアマンがらい病に冒されます。


私たちだったら、それに対して、一体どう反応しているでしょうか。
神さまは私の恨みを報いてくださった。」といって、「ハレルヤ!!」と叫ばないでしょうか。
「ざま~見ろ!!」「苦しんで、お前の罪を償え!!」と、内心ホサナ(バンザイ)!状態ではないでしょうか。


<他人と違うことをするには、他人より大きな代償を払わねばなりません>
しかし、亮子は。そんな暗い喜びに浸ることなく。
「もし、ご主人さまがサマリヤにいる預言者のところに行かれたら、きっと、あの方がご主人さまのらい病を直してくださるでしょうに。」
と助言したのです。

亮子の払った代償。それは、亡くなった家族への報い。
しかし、滅びゆく仇敵の命を救うことで、彼女は自然になされるはずだった報復すら、遮断したのです。

なんて勇気ある、決断だったのでしょう。
なんて愛と赦しに満ちた、選択だったのでしょう。

この小さな、名もない少女(日本名:亮子)によってもたらされた、変化。
聖書の中にすら、たった十行ほどの記述ではありますが。
それによって大いなる愛と赦し、克己とが、末永く語り継がれることになったのです。

この「ナアマンのしもべ」の話は、預言者エリシャによってナアマンが癒され。
ナアマンのらい病が、富に目を奪われ嘘をついたエリシャの従者、ゲハジに移さたところで、終わりです。
亮子の後日譚など、全く記載がありません。
しかし、エリシャと彼の信じる神に対するナアマンの尊敬と悔い改めは、大変深いものだったので、その後の亮子への待遇も、変わったはずだと私は信じています。彼女の故郷に帰れたかもしれませんね…。

<私たちは、選択しなければなりません>
こうした「人生の転機」をもたらす決断は、自然に発生するものではありません。現在の状況、事故や自然災害、友人の死…そんなクライシスに左右されるものでも、ありません。
私たちは自発的・意識的に、選び取らねばならないのです。

「意識的に選択する」ためには、何が必要でしょうか。
「社会一般の常識や、これまでの人生と違った結果を生み出す」ためには、一体どうしたら良いのでしょうか。

「GIGO」という言葉があります。「Garbage In, Garbage Out(くそからは、くそしか出ない)」。つまり「原因」と「結果」、その原因の部分に働きかけないと、結果をどう編集・脚色しても、ボロが出るということです。
つまり私たちが、これまでと違う、より素晴らしい結果を望むならば。
私たちの「人生の優先順位」を、もう一度見直してみる必要があるのです。

「私は生まれ変わっただ」「主イエス最高!」と口では言っていても、
「マイホーム/昇進/ギャル/富/車/名誉/保身/見栄/権力/役職/酒/ギャンブル/ホスト…。」が優先順位上位を占めているのでは、結果にも変化は生まれません。短期的な成果は示せるでしょう。しかし、長期に渡って「Kingdom Difference(大きな変化)」を作り続けるためには、やはり「神さまの優先順位」に従って生きる必要があるのです。

だから心を開いて、神さまに聞いてみてください。

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