後藤 秀孝
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<人生のレースは>
2007-05-07 Mon 18:06
「…私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか(ヘブル12:1)。」

上記は新約聖書内、パウロの言葉です。
私たちの人生は、レースです。と言っても、一般社会的に述べられる「競争」のことではありません。
神さまから、自分に与えられた目標を達成する」までの、長い道のりのことです。

私たちの多くが、そのレースに参加し。そして、立ち止まったり、途中で棄権したりします。しかし重要なのは、そのレースをいかに「始めるか」でなく、いかに「走り続け」、「完走するか」なのです。


その為に必要なもの。それは、単なる「できたらいいな」という願望ではありません。
神さまの与えてくれたゴールを、達成するんだ」「絶対やり遂げるんだ」という、デスパレートなまでの決意です。

聖書から引用してみましょう。

[痩せこけたマリア]の話
マグダラのマリア、7つの悪霊に憑かれ、その身を持ち崩し、周囲から非難され、見捨てられていた女性の話です。主に会ってから、彼女の人生は変わりました。しかし、彼女の過去を知る人間からは、常に「あのOOが」「××なのになぜ」「どうしようもない△△に違いない」(放送禁止用語連発、私じゃないんですよ…)と、自責と、後ろめたい気分を味あわされていたに違いありません。

また、徒歩の旅路の福音伝道ですから、他の弟子たちについて行くだけでも大変だったでしょう。グループの中でも、弟子たちの身の回りの世話や、小間使いとして働く、一番小さな者として扱われたのではないでしょうか。日に焼けて、髪は乱れ、肌は荒れました。しかしその眼は、主イエスキリストから片時も離れなかったのです。

彼女は、女性としての喜び、清潔さ・美貌・家庭…そんな物全てをなげうって、主に従いました。

[ちびのザアカイ] の話
次に、ザアカイの話。彼は取税人の頭で、金持ちでした。職業柄嫌われていたとは思いますが、それゆえ地位もあり、ジェリコの町では周知の人物です。しかし、彼は背が低かった。

そんな彼が、「キリストが今町を通っている」と聞き、居ても立ってもいられずに飛び出しました。ですが、既に群衆の山が塀を築き、背の低いザアカイには何も見えません。何とか潜り込もうとするザアカイでしたが、普段彼に虐められている群衆が、ここぞとばかりに彼をさえぎって、前に行かせてくれませんでした。

途方に暮れたザアカイ、ふと見ると道端に大きないちじくの木があるではありませんか。彼は迷うことなく、その木に登って主を見ました。

そこで、呼ばれるのです。
他の誰でもなく。主イエスは、彼の名前を呼びました。


日本で成人男性、特に40を過ぎた方。しかもその地区で名の知れた方が、木登りをするのはなかなか勇気のいることです。「ちびのザアカイ」が、恥も外聞も捨てて、信じて、行動した。その信仰が義と認められて、主は彼の元に身を寄せたのです。

そこで、心に負い目のあったザアカイは、これまで犯した罪と、悔い改めの告白をします。主はそれを温かく迎えて、こう言うのでした。
「きょう、救いがこの人の家に来ました。<中略>
人の子(キリスト)は、失われた人を探して救うために来たのです(ルカ19:9~10)。」

<神は私たちの「デスパレート」な願いを、必ず聞いてくださる>
もし私たちが、自分の栄光のためでなく。他者の益と、神さまの栄光を、心から強く願い、そしてその想いを遂げるため、行動するなら。
神さまが必ず「全てのことを働かせて益としてくださること」を、私たちは知っているのです。

「神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです(ヘブル11:6)。」

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この記事のコメント
#106 はじめまして
「小さな癒しの知恵袋」のKOKORONNといいます。
私もクリスチャンです。
ザアカイは私の大好きな人物です。お金には恵まれていたけど
愛してくれる人がいなかった。
でもイエスさまは名前を呼んでくれた。
その時の彼の心の中を思うと涙が出てきます。

いいブログに巡り会いました。感謝します。
リンク、頂いていきますね。
これからもどうぞよろしくお願いします。
2007-05-08 Tue 08:04 | URL | KOKORONN #p39s7to.[ 内容変更] | top↑
こころんさん
コメントありがとうございました。

「涙が出る」ことは、その人の感受性、心の受け入れやすさを表していると思います。
しかし、こうした心の発露を「弱さ」として切って捨てる傾向のある社会の中で、たくさんの人が傷ついているのではないでしょうか。

かく言う私も、泣き虫です。

だからこそ。
弱い者を強め、盲目の目を開き、薄幸な者にJoyを与え、捕らわれ人に解放を告げ知らせる方。

主イエスがそばにいてくださることに、感謝ですね。

またぜひ、遊びに来てください。よろしくお願いします。

主にあって
ごとう ひでたか 拝
2007-05-09 Wed 20:13 | URL | ごとう ひでたか #-[ 内容変更] | top↑
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