後藤 秀孝
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JAPAN
<Q7. イエス・キリストの十字架の死と復活の意味って?>
2007-04-17 Tue 16:08
<Q7. イエスキリストの十字架の死と復活は、何を意味していますか。>

十字架はキリスト教のシンボルです。しかし、考えてみるとそれは当時の処刑の道具であり、中でも最も苛烈な痛みを伴うもので、極悪人にのみ使用されていました。なぜ、人々の傷を癒し、盲人の目を開き、死者を復活させ、数多くのことばで人々に救いを与えた方が、そんな極刑に処せられなければならなかったのでしょう。

主の言動と、奇跡のわざとが、当時のユダヤ人指導者たち――権力と富を我が物にしていた階級――の妬みと、危機感を引き起こしたから、最終的に法廷に引き出され、処刑宣告をされた。それが、この世的な解釈です。

しかし、主が十字架の死を甘んじて受けられたことの真の意味は、この世に救済をもたらすためだったのです。
それは、主イエスの死の約800年前に、預言者イザヤを通して語られた言葉にある通りです。

「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。
だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた(イザヤ53:4~5)。」

また、

「しかし、彼を砕いて、痛めることは、主のみこころであった。
もし彼が、自分のいのちを、罪過のためのいけにえとするなら、
彼は末長く、子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。
かれは、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。<中略>
彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする(イザヤ53:10~12)。」とある通りです。


そう、主は自分のいのちを捧げて、私たちに伝えようとしたのです。

死の恐怖。失敗の恐怖。批判の恐怖。否定の恐怖。そんな物に手足を縛られ、囚われるのでなく。自分本来の価値(神の目に尊い、あなたの価値)に気付き、あなたの光で暗やみを照らし出すようにと。

この世の価値観によってでなく、もっと高い目線で物事を見、判断し、生きるようにと。
そうすることで、私たちが心の平安を得、現状の良し悪しにかかわらず、幸せに、希望に満ちた人生を送ることができるようにと。


ユダヤ人たちは、ヤギや羊などの生贄の血で、自分たちの罪の贖いを立てていました。

しかし、私たちキリストの従者は、主イエス本人の血――その生涯に罪を見出すことができない、きよい者の血で、自分たちの罪を贖われたのです。それは、あなたが何か偉業を成し遂げたから、とか、何人救ったからその報酬に、と言うわけではありません。

ただ、神さまの愛と恵みによって、見返りなど求めずに、与えられたいのちなのです。

それは聖書にも「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである(ヨハネ3:16)。」とある通りです。

あなたを愛して、あなたを支え、救うために。神が示してくださった愛に、あなたはどう応えますか。

そこで出されるあなたの答えが、主イエスキリストが十字架で死なれ、復活されたことの、意味なのです。

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