後藤 秀孝
http://afg2.blog74.fc2.com/
JAPAN
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告 | top↑
「Dialogue」の本当の意味
2006-09-17 Sun 11:10
日本語で単純に「対話」と訳されてしまう言葉ですが、そのルーツを探るとキリスト教に深い関わりがあることに気付きます。
「Dia」は「通じて」、「logue」とは「Logos」、すなわち「言葉、会話」という意味。「会話を通じて理解する」と言うことが「対話」ですね。しかし、
私たちの知る「Logos」には、特別な意味があります。ヨハネの福音書の中に、こんなくだりがありますね。
「初めに、ことば(Logos)があった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」ヨハネ1:1
ここで言う「ことば」は、天地創造のとき神と共にあったJCイエスキリストのことです。神が「ことば」を発して、この世の全てのものを創られ、いのちを与えたのです。そう捉えると、「Dialogue」は「キリスト(の愛)を通して」お互いを理解する、と言うことになります。
キリストの愛とは何でしょうか。聖書にはこう書かれています。
『「自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め」を言われたのを、あなた方は聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽をのぼらせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせて下さるからです。
<中略>
だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。』マタイ5:43
『自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。』ルカ6:31
『愛は寛大であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利を求めず、怒らず、他人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
愛は決して絶えることがありません。』Iコリント13:4
『受けるよりも与えるほうが幸いである。』使徒20:35
『<一部意訳>ユダヤ人にはユダヤ人のように、律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。弱い人々には、弱い者になりました。<中略>すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです』Iコリント19:24
自分の意見を押し付けるのではなく、他人の立場からも物事を考えること。たとえ文化や慣習、信仰が違ったとしても、「キリスト(の愛)を通して」語り合い、相互理解に至ることはできるのではないでしょうか。それこそが、今の国際社会の中で、一番必要とされていることではないかと思わずにはいられません。


生ける水

スポンサーサイト
別窓 | Christianityってなんですか | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<あなたの食べ物のことで… | キリストの愛を 超多忙なあなたに | 主イエスキリストについて語られている章節>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| キリストの愛を 超多忙なあなたに |
copyright © 2006 キリストの愛を 超多忙なあなたに all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。