fc2ブログ
後藤 秀孝
http://afg2.blog74.fc2.com/
JAPAN
周囲があなたを批判し、こき下ろすとき
2007-04-06 Fri 17:20
ちょっと聖書の中から引用します。
<イサクの話(創世26:1~30)意訳>

さて、アブラハムの時代にあった先の飢饉とは別に、この国にまた飢饉がありました。それでイサクはゲラルのペリシテ人の王アビメレクのところに行きました。
その地で、主はイサクに現れて「あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。それはわたしが、これらの国々をすべて、あなたとあなたの子孫に与えるからだ。」と仰せられました。
そこで、イサクはその地に種を蒔き、その年に(飢饉にも拘わらず)100倍の収穫を見たのです。主が彼を祝福してくださったのでした。
こうして、イサクは富み、ますます栄えて、非常に裕福になっていきました。

彼が羊の群れや、牛の群れ、それに多くのしもべたちを持つようになったので、ペリシテ人は彼をねたみます。そしてアビメレクはイサクに「あなたは、われわれよりはるかに強くなったから、われわれのところから出て行ってくれ。」と言いました。

仕方なくイサクはそこを去って、ゲラルの谷間に天幕を張り、そこに住みました。そこで、彼の父アブラハムの時代に掘ってあった井戸を、再び掘りあてました。それらはペリシテ人がアブラハムの死後、ふさいでしまったのです。イサクは、父がそれらにつけていた名と同じ名をそれらにつけて、「おK」と言いました。

イサクのしもべたちが谷間を掘っているとき、そこに湧き水の出る井戸を発見。ところが、地元ゲラルの羊飼いたちは、「この水はわれわれのものだ。」と言って、イサクの羊飼いたちと争って追い出そうとしたのです。
このため、しもべたちは、めげずにもう一つの井戸を掘りました。ところが、それについても彼らが争ったので、イサクはさらにそこから移って、他の井戸を掘ることに。今回は、地元住民からその井戸について、争いがありませんでした。

そこでイサクは「今や、主は私たちに広いところを与えて、私たちがこの地で増えるようにしてくださった。」と喜んで、家畜としもべたちを祝福しました。

そのころ、アビメレクは友人のアフザテとその将軍ピコルと、ゲラルからイサクのところにやって来て、こう言いました。「私たちは、主があなたとともにおられることを、はっきり見たので、あなたと契約(不戦協定)を結びたいのです。」

(「そうかよ、へッ」とごとうは内心穏やかではありませんでした。)


上記、時系列に何が起きたのかまとめますと、
① 飢饉にも拘わらず、イサクが豊作だったのをみて、ペリシテ人嫉む。
② あげく、イサクをその地から追い出す。
③ 移住先のペリシテ人羊飼いたちは、イサクのしもべの見つけた井戸を占拠。
④ しもべはもう一つ井戸を掘ったが、それも言いがかりをつけ占拠。

<人は文句をつけるもの>
あなたが成功し、注目されたり、賞賛を受けたり、大きな業績を残すと、一体どうなるでしょう。
一緒に喜んでくれる人と、なんだかんだケチをつける人と、どのくらいの割合で存在するでしょうか。
5:5? 4:6? … 1:9?

もし50%の人が一緒に喜んでくれたとしたら、あなたは素晴らしい友人に囲まれていますね。
もし10%の人しか一緒に喜んでくれないとしても、平均より良いと思いますよ。

そう。それほど「渡る世間は鬼とゴシップと批判ばかり」なのです。


<なぜ批判するのか>
端的に言うと、(他人の価値を認めたくない)(自分の方がどっちかと言うと優れているのを示したい)ということ。

「素晴らしい歌声だった。でも、あの衣装にあの靴は、センスないわね」
「料理はおいしい。でもサービスと店内の感じがどうも気に食わん」
「いい小説だったけど、前作の方がよかった」
「あいつ、今は成功しているけど、いつか没落するに決まってる」

一流の音楽家をこき下ろすことで、自分にどれだけセンスがあるか。
行列ラーメン店を批判して、自分がどれだけラーメン通か。
流行作家へのグチをこぼして、自分がどれだけ深く文学できるか。
成功を納めた起業家の記事を読んで「同じチャンスが巡ってきたら」自分だったらどれだけ成功できたか。
ということを、証明したいのです。

それはつまり、「他者を押し下げることで、自分を高めて、満足を得る」ということです。


神さまの目線で>
神さまの目には、あなたは誰にも引けを取らない、素晴らしい存在である。」
私たちがそれを知らないと、周囲に自分の価値を認めさせるのに、色々苦労することになります。

上記のグチ・批判癖も、単純にその現われです。自分をせめてAさんより高くしたい。高い自分を、皆さん見てください。崇拝してください!!サインは後で。

そんな、人間の心理の深奥に眠る、強力な欲求の現われなのです。その欲求は、私にも、あなたにも、そして周囲の誰にでも、存在します。


その欲求への対処法を、非常にこの世的に説明してくださったのが、主イエスキリストです。

「婚礼の披露宴に招かれたときには、上座にすわってはいけません。あなたより身分の高い人が、招かれているかもしれないし、あなたやその人を招いた人が来て、『この人に席を譲ってください。』とあなたに言うなら、そのときあなたは恥をかいて、末席に着かなければならないでしょう。
招かれるようなことがあって、行ったなら、末席に着きなさい。そうしたら、あなたを招いた人が来て、『どうぞもっと上席にお進みください。』と言うでしょう。そのときは、満座の中で面目を施す事になります。
なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです(ルカ14:8~11)。」

また、

「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。
あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい(マタイ20:26~27)。」


つまり、こういうことです。

自分を高くしたいと望むなら、他人を高く上げましょう。
社内での自分の評価を上げたいと思うなら、部下や上司の評価を上げる努力をしましょう。
あなたがAさんより素晴らしいことを証明したいなら、Aさんの素晴らしさをまず認めましょう。


<困難があるときこそ、努力を倍にする>
イサクの話に戻ります。彼が国を追われ、ゲラルの谷間に移り住んだとき。彼のしもべたちが掘りあてた井戸を、地元の羊飼いたちは脅迫し、接収します。しかも2度も。

それに対して、イサクはへこたれたでしょうか。怒りから報復しようとしたでしょうか。

いいえ、彼は占拠された井戸に未練を残さず、次、そしてまた次と、努力を続けました。
その結果、彼は更に豊かになり、過去に遺恨を残したアビメレク王すら、出向いてきて、同盟を結ぶことを請うたのです。


困難があるとき。周囲の理解がなく、理由のない否定にさらされるとき。
私たちには、世間や、周囲や、社会を恨んだり、自分の将来を悲観して、凹むことは簡単にできます。

しかし、そんなときだからこそ、努力を倍にして、自分の使命達成のために邁進しましょう。


なぜなら、努力の成果とともに、人々の公平な評価や、賞賛もまた来ることを、私たちは知っているからです。

あなたは「イエス!」と言えましたか…?
言えた方は押してくださいね♪↓
人気ブログランキング【ブログの殿堂】 人気blogランキング
道に迷ったら

スポンサーサイト




別窓 | 信じると、あなたに起こること | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<「救われた」クリスチャンについて | キリストの愛を 超多忙なあなたに | 信仰に歩むために>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| キリストの愛を 超多忙なあなたに |
copyright © 2006 キリストの愛を 超多忙なあなたに all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
/