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後藤 秀孝
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JAPAN
交渉人・実業家として
2023-11-25 Sat 14:30
主イエスにある信仰。

①俺たちは「~になって欲しい」「~して下さい」系の祈りをする傾向がある
②で、
叶えば信仰、
叶わなければ不信仰?
それって「くれくれ」の
「ご利益宗教」じゃないか

それに対して
③主は『いのちを捨てて』
④父なる神は『我がひとり子のいのちを与えて』世を我らを愛している

⑤それ以上、いのち以上に
我らは一体何を望むのか/望み得るのか

⑥もし交渉人として、
先方さんが、特に神のひとり子が
『いのち』を差し出してきたら、

交渉のテーブルに乗せられる物はやはり自分の「生命」以外ない。『いのち』に見合う対価を…俺は他に持っていないから

⑦例えば、
俺を助けた消防士がその火災で死んだら。
沈み行くタイタニックの救命ボートの席を、誰かから譲られたなら。…

それ以降の人生って、
違ったものにならないだろうか。

貰った生命、与えられたチャンス…を、
その方の人生目標の成就のためとか、
彼とそのご家族の為に、生きないだろうか。

イエスさんと父なる神のして下さった事は、
実に、
そんな犠牲、代償、
我らの身代わりの死…に他ならない

そんな方から他に何を望むと言うのか。

我ら、どこまで楽観主義の、欲しがりの、
強欲な存在なのか。

しかも主なる神は、
俺たちが地上で望むもの、必要…の凡そ全てを、
思考と努力、協力…で叶えられるように
教え、導き、引き合わせて下さっている。

「祈ってます」と言いながら
(神よ、あなたがやって)と拝むのは、

「地上における神の働き手」
としての責任を放棄し
タラント埋め殺しにして
神頼んでいるだけではないのか。

平和を望むなら、
自分の周りから平和を達成しよう。

富を望むなら倹約と投資の学びと行動を、
健康を望むなら食事と運動、休養の改善を、

成長を望むなら変化と痛みを恐れぬ心と柔軟性を、
それぞれの賜物に増し加えよう。

間違っても「イエス埋蔵タラント」(="徳川埋蔵金"的ね)にしないように。

信仰を
そこから始めれば。

我らの祈りは
主の犠牲の大きさ、
対する己の体たらくさへの謝罪と

無条件の感謝にしか
なり得ないではないか

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