後藤 秀孝
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JAPAN
【気になる聖句】
2016-10-20 Thu 11:05
イエスさまはこう仰った。

『ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった。
彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。「私が帰るまで、これで商売しなさい。」

(中略)

さて、彼が王位を受けて帰って来たとき、
金を与えておいたしもべたちがどんな商売をしたかを知ろうと思い、彼らを呼び出すように言いつけた。

さて、最初の者が現われて言った。
「ご主人さま。あなたの一ミナで、十ミナをもうけました。」

主人は彼に言った。
「よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。」

二番目の者が来て言った。
「ご主人さま。あなたの一ミナで、五ミナをもうけました。」

主人はこの者にも言った。
「あなたも五つの町を治めなさい。」

もうひとりが来て言った。
「ご主人さま。さあ、ここにあなたの一ミナがございます。私はふろしきに包んでしまっておきました。
あなたは計算の細かい、きびしい方ですから、恐ろしゅうございました。
あなたはお預けにならなかったものをも取り立て、お蒔きにならなかったものをも刈り取る方ですから。」

主人はそのしもべに言った。
「悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。
あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか。
だったら、なぜ私の金を銀行に預けておかなかったのか。
そうすれば私は帰って来たときに、それを利息といっしょに受け取れたはずだ。」

そして、そばに立っていた者たちに言った。
「その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい。」

すると彼らは、
「ご主人さま。その人は十ミナも持っています。」と言った。

彼は言った。
「あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、
持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです。」』
(ルカ19:12~19:26)



気になる Verse である。

「何が?」という問いかけに、後藤は「何となく」としか答えられなかった。「マア確かに、資本家は更に持つ(Haves and Have mores! by George W. Bush)よな…」と。

でもそれが<主イエス・キリストのことば>であるが故に、
「もっと深いだろ…」 と想いながらここまで来た。

このVerseに関して沈思黙考し、
主に示された真理の一部を共有したく。


―――――

「持つ者は更に与えられる物」を考えてみた。

①興味・関心
②心遣い・気配り
③当事者意識

①<興味・関心>に関しては前稿「興関スパイラル」を参照頂くとして、

②「<心遣い・気配り>を持つ者は更に与えられる」とはどういうことか。
他人の想いや喜び・悲しみ、時々の痛みに、「あれ、いつもと違うな…」「どうしました…」と配慮できる者は、誰が相手であろうと。子どもであろうと、ご高齢者であろうと、更に共感できる素地を与えられる。特に他人の人生の節目、喜び・受難時、近親者の喪失などに際して理解を示せる感受性は大切な賜物である。他人を慮る能力は(効率第一の現代社会、業務上一時的な不都合をもたらすこともあるが…)長期的な関係形成において肝要な資質である。

③「<当事者意識>を持つ者は更に与えられる。」これも自明理である。
従業員として就労する中で、経営者・管理者の不理解や倫理不足を批判するばかりの<第三者>は、「自分が創立するなら」「問題解決の仕組みをこう組み立て」「部署をこのように編成する」という視点を持てない。経営者らの迷い・弱さ・孤独に想い馳せることができずに、「安楽椅子の批評家」で終わってしまう。反対に当事者意識を持つ者には情報とアイディア、必要資源が集まり、時間は掛かろうとも自己実現へと導かれていく。「いつか自分も」と当事者意識を持って動くから、更に責任感と覚悟、喜びを持って日々の仕事に向かうことができる。

―――――

「あの人は10ミナも持っています(=不公平じゃないですか?)」

そうなんだ。こうした賜物、ギフトは、持っている人は更に高い、新たな次元を与えられる。反面、持たない人、持つ必要を感じずにこれまで生きて来れたラッキーな人は、資質を育むチャンスも活かせずに「取り上げられる」。

物事の明るい面を見る力を伸ばす代わりに、否定的な事ばかり述べる者、
他人を育て、より良い関係を築くための対話力の代わりに、オモシロ可笑しく野次る陰口力を誇る者、
顔を上げて問題に向き合う姿勢を身に付ける代わりに、ため息と先送り、時間潰しばかりに逃げてきた者は、

与えられたミナ(才能)さえ取り上げられる。


人間社会の中で、意識して天賦の素養を磨こうとする方には、主は更に増し加えて与えて下さる。
「人生何もない、貧乏くじばかり。ああ、何かいい気晴らしはないものか…」と嘆いている方からは、良い物は知らずの内に取り払われ、彼が望んだとおりの虚無と浪費、貧乏くじだけが与えられる。

ため息をつき続けるか。それとも疲れを物ともせず立ち向かうか。
どちらを選ぶか。その選択は、今も私たちに委ねられている。



「このメッセージは、
我々一人ひとりが真摯に受け止める時にのみ意味がある。」
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