後藤 秀孝
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JAPAN
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〈昇天〉
2016-05-10 Tue 06:28
人は、死ぬ。無念。

だがその先に何を見ているかによって、

その人の死に方、
その「今生き方」も、
変わって来ると思う。

ーーーーー

人間には、恐れがある。

貧乏怖い。
暴力恐い。
老いるの怖い
放射能恐い。
ガン怖い。

だが、それら表層恐怖の根底には、必ず究極の恐怖、

自身の死
自分の身内、恋人、友人等の死/喪失

があるのだろう。と思う。

ーーーーー

現代日本は死を覆い隠している社会だから、
「実はこれが恐怖の真髄だ」
との気付きは得辛い。

だが、それゆえに死は、

●漠然としていて、
●言葉にならない不安であり、
●容易に他の目先の恐怖にとって代わられる
のではないか。

ーーーーー

思えば。
主の弟子にとって死とは。

昇天である。

死を楽勝で超えられた主、
イエスさんに慕われ、
請われ、
沿われて、

天に帰る。

それって寿。ではないか。

寿であるのならば。
おめでたいのだ。

寿する側は、間違いなく弩めでたく。
寿される側、残される側としても、悲しく、また、嬉しい。

寿かれる側として問題があるとすれば、
「羨ましい!キーッ!」
「何であの子が?!」
みたいな嫉妬。くらいかな。

嫉妬するほど羨ましい。
めでたいこと。
それが俺たちにとっての昇天であり、俺らが最終的に向かう先だ。

それを知っている。
確信している。
俺らの肉体の死に、組み込まれている。

そんなら、主の言う「恐れるな 365」も、理に適うと言うものだ。

主が既に、
究極恐怖の覆いを破り、

俺たちに天に帰る希望を、
恥と恐れからの自由を、
そして自らの意思で主に従い歩む勇気を、

勝ち取って下さっているのだから。

そのことをしっかりと受け止めるならば。

我ら寿く。

そうだ、人生毎日、寿だ。
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