後藤 秀孝
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JAPAN
【片手落ち】
2016-03-27 Sun 19:14
右手だけで手を洗おうとした。

右手の指が届かない範囲、関節の可動域外の部分は、泡残された。要するに一部キレイになっていない。

両手で洗うことによって、つまりお互い補い合って初めて、手がキレイになる。

人間も同じだ。
「独り善がり」は「片手落ち」。

「自分病」は「人生を暗くする」。ちと違うか。



―――――

信仰の役割を改めて思った。

人間は、自分の風の向くまま気の向くまま、野放図に生きている。特に安全と自由が有り余るこの国では。

その人間が、自分を律するために「自分」を起てると、
好き嫌いの依怙贔屓、
のんべんだらりの大飯喰らい、

そんな「独り善がり」な支配人になっていく。
これは、どんな立派な個人であっても、揺るがない。

だから信仰が必要なんだな。

自分枠外の「神」という存在、絶対正義・絶対良心な存在を意識すると、

神と比較しての自分、と言うか、比較対象にもならない完敗自分、と言う確信が与えられる。それが正しい信仰。

すると何が起きるか。

「信仰」は、「自分」を振り返る機会、
「自分」の方向性を示すコンパス、
「自分」をありのまま映す鏡となる。

―――――

<手に関する聖句>
あなたは、施しをするとき、右の手のしていることを左の手に知られないようにしなさい。
あなたの施しが隠れているためです。
そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。(マタイ6:3~4)

あなたの手に善を行う力があるとき、求める者に、それを拒むな。(箴言3:27)

無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者の手は人を富ます。(箴言10:4)
勤勉な者の手は支配する。無精者は苦役に服する。(箴言12:24)

あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地で、あなたのどの町囲みのうちででも、あなたの兄弟のひとりが、もし貧しかったなら、その貧しい兄弟に対して、あなたの心を閉じてはならない。また手を閉じてはならない。

進んであなたの手を彼に開き、その必要としているものを十分に貸し与えなければならない。

必ず彼に与えなさい。また与えるとき、心に未練を持ってはならない。
このことのために、あなたの神、主は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださる。

貧しい者が国のうちから絶えることはないであろうから、私はあなたに命じて言う。
「国のうちにいるあなたの兄弟の悩んでいる者と貧しい者に、必ずあなたの手を開かなければならない。」(申命15:7~11)

あなたのうちにあって相続地の割り当てのないレビ人や、あなたの町囲みのうちにいる在留異国人や、みなしごや、やもめは来て、食べ、満ち足りるであろう。あなたの神、主が、あなたのすべての手のわざを祝福してくださるためである。 (申命14:29)

片手に安楽を満たすことは、両手に労苦を満たして風を追うのにまさる。(伝道者4:6)
朝のうちにあなたの種を蒔け。夕方も手を放してはいけない。あなたは、あれか、これか、どこで成功するのか、知らないからだ。二つとも同じようにうまくいくかもわからない。(伝道者11:6)
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