後藤 秀孝
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【べき論】
2016-03-20 Sun 15:05
俺ですら「べき論」に囚われていたぜ。

「べき論」とは、「○○は~すべきである」と言う、何とも他人批判、他人任せの論理である。

今日も、
「主任牧師、受難週(*)のこの超大事な説教を逃すべきではなかった」
と思ってしまった。




また、「主任牧師、ポピュリズム戦略(大衆迎合)で行くならポピュリズムで行け。中途半端な方向転換は困窮の源だ」とか、
「賛美の圧力が低下しているぞ皆さん」とか、
「PAが山彦のようだったな」とか、

「べき論」を想い否定批判ばかりする訳だ。
所謂「腐し屋」と呼ばれる職業に就いていたようだ。履歴書に、勤務年数長めに書けるだろう。

―――――

だが主はこう仰せられる。

『わたしとあなたの契約どうなった??』


……

そうでした◎。

主にある契約から目を逸らし続けることは、

健康的ではない。

まるでおしっこ我慢だ。

―――――

他人の批判をする、そんな料理評論家がいたとして、
彼自身が目の前で調理しているシェフよりも旨い飯が作れないなら、
彼の評論は一体どれだけ価値があるだろう。

確かに切り張りの継ぎはぎだらけの説教を聞いて、
そのロジックのギクシャク度・綻びを指摘するのは容易い。

だが、『じゃあもっと旨いもん作ってくれよ』 と主は要求される。

他人への悪いよっかかりである「べき論」は捨てて、
自分の託された約束を、主からの契約を履行しようぜ。

心からそう思わされたんだ。

ーーーーー

「べき論」内で最悪のモノ。

「教会は聴衆をエンターテインすべきだ」
「牧師は信徒を慮るべきだ」

そうじゃない。違うんだ。

「教会と聴衆は、神をエンターテインするもんだ」
「主の弟子は隣人を慮るもんだ」

他の誰かがどう、ではなく、
私は、主にあってこうする。

それが本質なんだ。
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