後藤 秀孝
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JAPAN
【農 脳】
2016-02-24 Wed 19:48
農業(というか土耕・筋トレ…?)に励むと、その間に様々な想いが去来する。

今日の想いは、「ハンニバル」でした。

カルタゴの大将軍として、
雪のアルプス山脈を象兵込みで越えて、
いきなりローマ帝国領内に出現、
主要コロニーにてローマ人の有名将軍らを連戦連破。

ついに首都ローマに迫り、しかして果たせず…という悲哀の勇将でもある。

彼の用兵は非常にユニークな物だった。




驚くべきはまず、
カルタゴの伝統で、戦兵は全て傭兵であった。と言う事。
「雇われの命知らず共」であるが、本当に命の危機に陥ったら逃げるよね傭兵。

アルプス越えでその弱さは出たかもしれない。

事前に帰宅する者、拠点防衛に残る者もいたが、
雪山を、戦装束で越えるという無謀 Suicide Mission を目の当たりにして、
102,000人いた兵たちは最終的に 59,000人まで減っていた。

敵国ど真ん中で、戦力半減スタートである。
そして当時最強のローマ将軍たちを迎え撃つことになる。

―――――

ハンニバルを名将として突出させる、面白い手法。
それは初戦を勝利で飾ったハンニバルが、周辺(ガリア人・イタリア人たち)に対して、
「敵はローマにあり」と喧伝して回ったこと。

ガリア人・イタリア人たちは、ローマ人と比べ二級市民/属州兵の扱いで、課税・兵役・その他諸々の抑圧を受けていた。

その上で、彼らに憎しみを起こさせないようなハンニバルの配慮があったに違いない。

つまり;
①女子どもは不殺
②略奪は許さない(*略奪対象を限定)
③敗残兵を無下に扱うことを禁ず
と言ったところだろう。

そうして、人民をローマ帝国から離反させ、味方に引き入れて兵数を増大させた。

また、ハンニバルの仁徳もあるだろう。
彼は常に、戦場で兵たちと寝食を共にしたという。
疲れ果て、木陰で昼寝こいているカルタゴ人将軍を見て、微笑まない兵がいるだろうか…?

疑問があるとすれば、
物資・資金の現地調達はどうしたのだろう。一般市民から略奪できないとしたら?

→だったらローマ人の世帯、金持ち・土地持ち・食糧武器弾薬持ち、を集中的に襲う。
特にガリア人・イタリア人らをひどく扱っていた輩がいたら、見せしめにとことん滅ぼしただろう。


つまり、ハンニバルは抑圧された人民を解放した。
大貧民の「革命」じみたことを、敵国内で行ったわけだ。

味方になるメリットを、最大限に与える。
人の扱い方に長けたお方だった。

そして。
ハンニバルは紀元前202年10月19日、
彼の知略戦術に学んだローマ将軍スキピオに、
祖国カルタゴの歴史を決定づけた「ザマの戦い」で敗れた。

―――――

こんなことを、農業しながら考えた。
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