後藤 秀孝
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JAPAN
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【守られた…もやし?!】
2016-01-24 Sun 21:22
今日びの「教会」:

=守られた環境で、アーメンアーメン言っているのは、楽だ。
=良い人しかいない(残らない)集まりで、変わり映えのしない面々とぬるい話題にまったりするのは、楽だ。
=牧師へのダメ出しも、底浅いロジックへの批判も、空回りの理由も…他人事なので、楽だ。

だが主は俺に言われる。

『人生の悲惨は、
人々のこころの闇は、嘆きは…

教会の壁の外、寒風吹きすさぶ現場で起きている。』





現世の法則を見てみよう。

<Do unto others as they do unto you.>
即ち…!
「他人にされたように、やり返せ!!」だ…!!

「目には目をっ…」だ!!!
その内、興が乗ってくると、
「目には目を、100倍返しッ!!」だぜ!!

―――――

ツンケンした物言い、何それ…と言いたくなる汚態度…。
人を恨み続け、「今日中に復讐を」と狙ってくるヒト…。Lowly Human、います。
そういう人を観察して、俺は「凄いなぁ…」と思うのだ。

何故なら、俺は怒り続けることができない。
「怒気」は俺にとり、多大なエネルギーを収奪される悪循環そのものだからだ。
というか、ただ面倒くさいだけだがな。怒りの記憶を脳内再生し続けるのは。
そして「憤懣」は俺の中にいるにっくいアン畜生に、一層力を与える。そんな優位性を、俺が敵に許す訳がない。

そう割り切れる精神は、この世の荒波を超える方便なのだろう。

(だが、マイナス点もあることを主に指摘される。
理不尽、低ランク、反応的、自分の感情コントロールさえできないのこの人、
と言う種類の人間に対して、俺は「さっさと諦める」。

「何を言っても変わらないだろうな、この人 Lowly Human」みたいに、
スパっと斬ってしまう。
腹ん中滾っている分、ぶった斬り方も深くて速いぜ。
後藤脳内では、不品行な賤には 力も居場所も市民権も与えない。絶対にだ。

その見切り速さには、後藤の問題解決の賜物/ギフトが災いもしている。
即ち、
A案がダメなら→B案、
B案×→C案、
C案×→D案…

みたいに、ダメなら次、それでもダメならさらに次…と、解決指向で前に進んでしまう。
ダメな案にそれ以上付き合おうとしない。

でも人間は、事業計画じゃない。
期待に沿わず、嫌な思いをさせてくれる人々は是非とも遠ざけたいが、
ダメな案、ダメな人格、であっても、一緒にやっていくしかない。

かく言う俺も、誰かさんにとってはダメな奴、なのだから。…)

―――――

そんな「復讐の連鎖 inside」入ってます。みたいな現世の日常の中。
だからこそ、優しさ、暖かみが必要なんじゃないか。

教会内のビニールハウスで、否、
もやしだから、UV当たるのみの、湿度・室温管理された地下室か、
そこでぬくぬくしているだけじゃ、やっぱダメだ。


「私は他人に”こう”されてきた。
だからあなたも同じ目に遭わせてあげる…」

その心理、その次元にいる人々…。
互いに傷つけ合うことを恐れ、相表面的な付き合いに終始し、
本当の意味での信頼関係を築けていない現代人。
それゆえに少々のことで憤り、その憤りに対処する方法を知らず、
自分の中の炎に焼かれるままの人々…。

主はその次元を、『楽勝で超えて来い』と仰った。

『赦しなさい』
『自分の敵を愛しなさい』
『自分を呪う者を、祝福しなさい』と言った。

私たちに高いモラル水準を満たすことを求め、
しかし強要はせず…。

ただ、全ての人を招かれた。
『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。』

そして、こう続けられた。
『そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません』と…。

本当に主は、私があなたが、どんな過去があり、どんな過ちを犯していても、自分の元に来る人々を決して捨てない方。
イエスさんは、私たちの過ちを何か「罰すべき物」としてではなく、内なる変容を遂げるための「可能性」と見なしていたから。


不完全な、過ちと行き過ぎとカン違いと恥とプライドと自己嫌悪に苛まれる俺たちをして、主イエス・キリストは

「外に出てゆき、父なる神の働きをさせる。」

ために選ばれた。
平穏なUV地下室で、まったりしてる場合じゃなかったぜ。
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#712 自作自演コメント
児童養護施設の職員が、
感情コントロールの苦手な子の自己内省を促す為、また相互理解を深める為に、こんな事をしていた。

「気持ちのコップ(仮称)」描写である。

コップの中身は、今の(主に負の)気持ち。

怒りは、赤く塗る。
悲しみは、黄色く。
疲れた、がっかり...は、緑色に。

こうして、日々の気持ちを整理し、記帳していく。

職員もそれを見ながら、
「あの時大声出したのは、こんな気持ちからだったのか」と理解できる。

番組の中で示された真理は、
手の付けられない感情的な子どもの、その根にあるものが、

かなしみ

である。と言うことだった。
2016-02-28 Sun 08:17 | URL | 後藤秀孝 #-[ 内容変更] | top↑
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