後藤 秀孝
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JAPAN
【雑音】
2016-01-24 Sun 18:44
主からのことばを純粋に、直接、個人的に聞けたなら。
そして、主の用いられる手法・手段は、それこそ「ありとあらゆる」メディア・体験・触れ合い。なのだとしたら。

神である主の供されるメッセージは、それこそ多すぎて書き留めきれない。

ましてや、かろうじて記憶に・紙片に残る殴り書き、その閃きを他人に分かるように噛み砕いて記事にするなど、頂いたアイディアの本当に何分の一だ。

頭が溢れ返っている。最近、まとめた物を書き落としてないからな。
故に今日は余計なインプットを避け、雑音を断って、頭の内容物をぶちまけた。
今まで主に触れられ、思い巡らされてきた考え、新しい信仰の気付き、成長の痕、自他の痛み…などを、ひたすら書き出してみたのだ。





聖書にこんな記述がある。イエスさんの教えだ。

『天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。
人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。

また、天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。
すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます。』
(マタイ13:44~46)

ここで言う、
「売り払う」とは、これまで私たちが得てきた/身に付けてしまった一般常識、固定観念や、偏見・不必要な価値観を捨て去ること。
「買う」とは、代わりに内なる希望・勇気・いのちの源泉であるイエスさま、その精神に、福音の真髄に触れ、その歩みから離れるな。という事だろう。

―――――

深く耕されたこころの土壌に蒔かれたみことばの種。
それを主の光といのちの水が育て、立派な果実・野菜を生み出してくれた。

今日は他人の信仰の表層ではなく、
自分の畑からとれた収穫物を頂き、咀嚼・吸収し、自らのこころの糧とする作業に没頭してみたわけさ。

自分のこころと向き合う事。
自分の中の情動、痛み、後悔…を、しっかりと内省すること。
主にあって、苦難を変容させ、証に、糧に再構築していくこと…。

神への捧げ物である自我の明け渡し。真摯な祈り。
忙しい現代人故に、多忙に忙殺されてはだめだ。
時には敢えて時間を取って、意識してやっていこう。

主の導きによって、そこから汲み出せるものは、
たかが人間が与えてくれる出来合いの How to モノよりも、遥かに価値がある。
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