後藤 秀孝
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JAPAN
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〈居場所〉
2015-12-31 Thu 07:03
正論を、鬼気迫る言い方で繰り返し述べてくれる人がいた。


バ~ッと言いたい放題相手を責めて、去った後、言い足りなかったのか戻って来て、

「Repeat after me 、あなたが悪いのが悪いのよ」みたいな事を、

感情に任せて叫んで去って行く。その時のこちらの多忙さなど度外視で、自分の正義を押し付けて行く。
そんな素晴らしい、正義の権化のような方だ。

でもね。

そうやって理解無く押し付けられる正論が、
辛辣に、心ない味付けで放たれる時に。

俺はもう、こう思ってしまう。

「この人は、俺の置かれている今の状況も知らず、俺の余分な善行を量りもせず、

ただご自分の杓子定規の正義を押し通したいのだな。」

「あなたはさぞかし完璧なのだろう。批判の隙も無いほどに。

だが、感情任せにぶちまけられたあなたの批判は、相手を遵わせる助けになっただろうか。

相手を、より良い人間になりたいと、願うように変えられただろうか。...」

「それとも相手を追い込み、防御的にし、
この野郎、いつかやり返してやる、と思わせただけか。」

全ての事に、正論はあるのだろう。
こうあるべき論は、あるのだろう。

だが、正論1割、言い方9割。と言うのも真理なのだ。

直情的な言い方は、
信頼を勝ち得ず、

一滴のインクは清酒を汚水に、
一匹の蠅は高級フレンチを残飯にする。

ーーーーー

いつもなら、こうした↑捨て台詞が後藤内をエコーする。
「私は正しい」と固く握っている人間には、全く届かない真理。言っても無駄、な思考ロスが、繰り返すのだが。

後藤の中で、もはやこうした方の存在も、付随する苛立ちも、大きくは育たない。

上記のような相手に対する諭しも、人生訓も真理も、

負け惜しみでなく、何故か脱力した微笑みの中に涌き上がって来る。

非難者よ。
勿論、あなたのご指摘は甘んじて受けよう。得るべき教訓は有り難く受け取ろう。

だが、残念ながら、あなたの存在はもはや、私の中でそれ程大きくない。

何故なら、私の中に真に正しく、真に大きな神の霊が、存在するからだ。

あなたへの苦みが、共存できない神の清らかさがそこにある。
少なくとも、永続的な効果など、あなたへの憤りには持たせない。

私は、私の愛する神の方を向こう。
それが私の信仰だからだ
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