後藤 秀孝
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JAPAN
【読書について On reading】
2016-01-02 Sat 17:25
後藤のお年玉はいつも図書券だ。それは:

①消費対象を書籍に絞れる
②読書こそ人類に必携のスキル。それを身に付けよ
③現金では領収が出ない


後藤的に、どーも③が強い気もするが、Never Mind。気にするな。

それぞれの甥・姪達に、一筆添えようと思う。その原稿を以下に。

図書カード
<拠出するファンドの使用目的を限定できる。図書カード最高>
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<リンク>
【Christ's Church Co.Shigaya 越谷キリストの教会】
【Christ's Church Co.Shigaya の行なう事業について】
【Million House(百万家 ミリオンハウス)】
【銀カフェ】
【CCC 自習塾】
―――――


H君へ
【本は人を選ぶ】
人が本を選ぶのではない。本が人を選ぶ。
何故か。
昨今の下らない商業目的・アマゾンランキング狙い本ならば、人は選べる。

だが、古代賢聖の思想を味わおうとすると、その周辺知識―――時代背景、つまり当時の政治経済、文化、しきたり、法律、信仰、男女間格差、その他諸々の要素―――が備わっていなければ読み解けない。
相応の知識見解をもって初めて理解できることが多いのだ。

聖書をはじめとする、多くの信仰の書、シェークスピア、
カール・マルクス、アダム・スミス、マックス・ウェーヴァ―、
近代では、デール・カーネギー、ピート・ドラッカー、マイケル・サンデール、ロバキヨさん…。
経済学者、政治家、法律家、思想家、富豪、詩人、経営者、時代を代表する知恵者たち…。

彼らは君を、遥かな思想の高みへと連れて行ってくれる。しかし先に述べたように、君がそれに見合う資質を備えていなければ、知恵は君を簡単に見捨てる。

君が欠伸をして本を置くのではない。
理解できない者を、本に書かれた思想が、置き去りにするのだ。

だから、読め。読みまくれ。
賢人が君を選び、更に良く教えてくれるように。


I君へ
【言葉はどこまで伝えられるか】
古代中国の車輪造り職人が、言った。

「(書籍など)古代人の思想の上澄みに過ぎず、真理には程遠い。
車輪作り一つとっても、本当にコツを飲み込むには、多くの年数を要するし、
言葉でそのコツを伝えることなどできない。書など読んでも無駄。(大意)」

一理ある。
確かに、人間がどれほど上手く駆使・運用しても、
言葉によって伝えられることは限りがあるのだ。

しかし、言葉が大切なのは、
「自分の中にない考え方・概念に名を与え、
存在させ、更に情報の肉付けをするために不可欠だからだ。

私たちの持つ感情も、そこに適切な名前と意味が与えられるまでは曖昧であり、表現して他人に伝えるのが大変で困る。

読書は、君に内在する言葉、表現を増やすために、非常に優れた手法だ。

また「読むスピード=脳内思考スピード」とも言われる。速く読めれば、速く思考できる。と言う事だ。

ともあれ、読んで間違いない。
読みまくって脳を使役しまくって、損することなどこれっぽっちもないのだ。

あとはただ、読むべき本を吟味すること。父さん母さんに聞け。


Yちゃんへ
【習慣形成】
電車の吊り広告で、女性がこう呟いていた。
「ワタシ、痩せたら変わるのに…」

否。
断じて、否だ。

「痩せたら→変わる」のではない。
「変わったから→痩せる」のだ。

ライザップさんに頼むと、あなたの代わりに「結果にコミット」してくれるらしい。

だが昨今、ライザップさんはリバウンダー(訓練を終えたら体重が戻ってしまった人々)から訴えられているのは、人々の本質が変わっていないことを示している。

つまり RZ 影響を受け、短期的に行動が変わっただけで満足し、
自分の生活習慣・思考習慣・他者依存の性質は何一つ変わらなかった。
故に、元の生活に逆戻ってしまった。

幸福な人生への近道。それは、良い習慣を身に付ける事だ。

そこで、読書だ。

読書は、走ることと同じだ。
最初、100メートルがやっとの人でも、日々続けることでいつしかホノルル 42.195km を走り切っている。

ちゃんと席について、興味関心の赴くままに、読みまくれ。

そうすればいつか、優しさと知恵、勇気、謙遜を併せ持った女性になり、多くの人を助け、導くようになるだろう。


M君へ
【自分の見たくないものを見るために】
読書だ。それしかない。

ユリウス・カエサルが言っていた。
「人は自分の見たいものしか見ない。」

つまり我々、自分の主張を支持してくれる事実や考え方は受け容れるが、
自分の主観を否定する思想や統計には目を瞑りがちだ。

人生で幸せな判断を下すために必要なことは、
①正しい情報を得ること、
②公平な視座からその情報を精査することだ。

しかし、自分の主観が、それを妨げる場合もある。
事実、直情的結論が、多くの悲惨を生み出す根源である事は、人間20年もやっていれば熟知していることだろう。不足なら、株式市場でも眺めるとよい。

その、固く握ってしまった自己主張、主観と戦うために。
気に食わないアイツの意見、その中にさえ真理を見出すためにも。

日頃から、自分の固定観念・常識と呼ばれるモノを、テストしておけ。
これは「本当に正しいのか?」「思い込みではないのか?」「事実か、意見か?」

チェックするに最適な指標。それは、古今の賢人達の思想、考え方だ。
それらを読み解き、公正明大な知恵と人格を持つ時。

君はもっと多くの人を助け、導くようになるだろう。


Sさんへ
【読書は 時空くらい 超えます】
もしこの世界に、書物が無かったら…。
人間は一から、この世の成り立ち・仕組みにつき、
独学で/他人からしごかれて/口伝で/歌に乗せて、学ばなければならなかっただろう。

そんな事では成立できようもない。、21世紀・現代社会。
コンピューターを介した宇宙科学、高度な金融工学、ナノテク、DNA/ゲノム解析も…。
全て、原始的な文字から起こり、書き記され、世代を超えて発展してきた。

そして、Thanks to 活版印刷、翻訳家諸君、出版社、Etc.。
今日、これほどまで書物に対して開かれた状況はかつて存在しなかった。

文字通り、どんな国の/どんな時代の本でも、大抵俺たちは読むことができる。

特権だよ、それは。

パキスタンカシミールの小学生は、教科書など持っていない。本もない。先生が黒板に書いた物を、地面に書いたり、手持ちの黒板に泥水で書き写す。
戦前戦中の日本人。どんなに勉強したいと願っても、できなかった。手にする書物は貴重品だった。

イエスさん(BC3~AD30年)だって、完全版の聖書は持っていない。あったのはパピルス・皮羊紙製の、くっそ重い旧約だ。

それを俺たち、思うがまま読める。
喜び、噛み締めて欲しいのだ。


T君へ
【読書301】
本を読む。
ある人は読み飛ばす。斜め読む。読み捨てる。

価値のない書籍なら、それも良かろう。事実、2013年のみでも新刊書籍点数は8.2万作を超え、一生掛けても読み切れない有象無象に溢れているからだ。

だが、賢聖と呼ばれるような偉大な思想家や哲学者、信仰者、経済人、政治家、詩人、作家…彼らの著作で、時代を超えて読み継がれている書物に対しては、そんな浅い読み方で向き合っては礼を失するというものだ。

どうか、良書に出会ったなら、反芻読みをして欲しい。
アンダーラインを引き、ハイライトし、のみならず自分の応答、反論/反証、ネットで調べた追加のデータ、別の著者の意見、時代背景などを、余白に書き込んでみて欲しい。

そうやって3度、4度と読み深める内、それら思想と情報の蓄積があなたの血肉となり、あなたの人格をも高めてくれる。

筆者の主張の理解に止まらず、現代への応用や、異議、批評、改善案提示まで行なうことで、その著者と思想はあなたの中に息づくことになる。自分の固定観念に対して、彼らが評価・検証し、気付きを与え、助言してくれるようなる。

読書は、あなたの人生を幸福で、豊かな物にする。
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