後藤 秀孝
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【まだら 斑】
2015-12-10 Thu 20:36
キリストの道に歩み進むと、人の矛盾がよりはっきりと分かってくる。

例えば、人の善意と悪意。
性善説、性悪説…なんて「生まれた時から」善悪決めつけ論もある位だが、

俺はまだらだと思う。
どんなに善い奴に見えても、まだら善だし、
どんな悪人でも、まだら悪だ。

まだらボケみたいな感じだな。

ノアの…
<ノア水。>

だから俺は、自分で
「ワタシは善人です」
と言い切っちゃう人は信じないし、

「俺はさ~、どうしようもない悪人なんだよ…」
と言えちゃう人は、逆に好きになっちゃう。


例だが、
ルカの福音書の最後、罪人が十字架の上で、

「俺たちは自分の罪の報いを受けているが、
この方は何一つ悪いことをしなかったのだ」と言い、

「パラダイスで私を思い出して下さい」
とイエスさんを主と認め、救われたってことは、

イエスさんもこういう人がタイプなんだよね。(*1)

―――――

神への信仰もしかり。
神へ信仰100%の奴もいないし、
神へ反逆100%の奴もいない。

まだら信仰だ。

(にもかかわらず、時折
「俺/ワタシ、信じて救われてまっす(はぁと)」
「あなたはどうなの(ニヤリ)」みたいな人がいるが、

俺から見ると「あ、その程度のレベル?」
「嘘つきの傲慢野郎Aチーム??」で終わっちゃう。

それが信徒を導く立場の人間であれば、尚残念。
「神の前に出たとき震えんなよ…」
並みの捨て台詞を吐くであろう。)

―――――

そんな「まだラー」の俺たち人類ができる、最高の信仰の表現…。
本当の、神である主に喜ばれる信仰とは。

その人が、どんなに主の道に忠実に従い、歩み進もうとも、
「いや~~…足りないっすね…」
「全然、到ってないっすね…」
(*2)
トホホ…な感じでこぼしてしまう信仰。

そうだ。
イエスさんの燦然と輝く犠牲、
絶対に届き得ない高みを見せつけられたからこそ、
トホホな中から言える んだよ。

「でも、こんな俺でも愛して下さるんですよね。
凄いっすね神さま…。

だから、惚れちゃったんです。
大好きなんですよ俺、神さまのこと…」
みたいにね。

これがまだラーの辿り着ける境地だ。
俺はそう思う。

―――――
(*1 ルカの福音書23:39~43。
十字架にかけられていた犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、
「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え。」と言った。

ところが、もうひとりのほうが答えて、彼をたしなめて言った。
「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。
だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」

そして言った。
「イエスさま。
あなたの御国の位にお着きになるときには、
私を思い出してください。」

イエスは、彼に言われた。
「まことに、あなたに告げます。
あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」)

(*2 だってさ、イエスさんのやったこと、通された節目/修羅場って、
俺たちがどう望んでも(望みたくない)、辿り着けない苦境だし、懊悩だよ…。

しかも、そうやって生命を捨てて救ったと思った人類から、
無視されたり、誤解されたり、いまだに迫害されたりしている。

人類まじムカつくと思う。
そんなん、俺だったら一発で「ノア水」。

って言うか、ゴメン神さま!)
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