後藤 秀孝
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JAPAN
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【商魂!華僑の方々】
2015-08-09 Sun 23:21
まずは事例から。

<第29条 全てのスペースを店に当てよ>

「閉店後、急用が出来て華僑の店を叩き起こしたことがある。

①やっと起きたらしく、店を開けてくれた。

中に入り込んで驚いた。
②開店時使っている客用テーブルを全部寄せ集めて、その上に寝具を敷き、一家が眠っている のだ。
まだ小さい店で、③敷地内の家全部を商売に使っている ためにこう言うことになる。
家族のための寝室や休憩室などというものは、初めから取っていないのだ。

目標をどこに定めるかによって、
これが決まる。


早く現在の段階から這い上がるためには、少しくらいの蓄財では追いつかない。
相当のハイペースで目標を達成しようと思ったら、できるだけ客用のスペースを広げ、商い嵩を伸ばす。

④華僑は、いったん目標を決めたらめったなことでは妥協しない。
己に勝つ訓練を積み重ねてきている。

これに比べると、まだ目標まで漕ぎ着きもしないのに、近くまで達すると急にネジが弱まり、腰砕けになる商売人などは甘っちょろい。
これでは自らの商売にも、競争にも後れを取る。
仇討ちに対しても、止めを刺すのが武士のたしなみ、とされたように、最後まで完遂しなければ何にもならない。
「99%で半分と思え」という教えも道理である。

寝室のない段階から少し向上しても、華僑は気を緩めない。
二階にチャチな屋根裏部屋のようなものを作ればいいほうだ。
⑤“快適な生活”などは、営業大躍進を遂げて、豪華な邸宅でも造ってからゆっくり味わう、というのが平均的華僑のやり方である。

トイレなども少し分厚いオーバーを着ては、入れないほど狭い。
商品第一で、人間よりも商品の方がゆったりといい場所に納まっている。
客のほうでも商品そのものに惚れてくるのであって、きれいなトイレに入りに来るのではないから文句は言わない。
どこかの店のように、設備や従業員のマナーがいかに良くても、肝心の商品が悪く、高かったら、何の取り得があろうか。

店のテーブルの上に寝起きし、食事も店先でとっている一家は、
⑥嫌でも連帯感が湧き、
⑦一日中、客を見ていることになるので商売のコツを飲み込む
のも早い。

特に子どもたちは、門前の小僧どころか、商いのど真ん中で大きくなっていくのだ。
商法が全身に沁み込むのも無理はない。
この生活の不自由さが、また、
⑧「早く店をでかくして、みんなを楽にしてあげよう」という意欲を湧かせる ことにもなるし、
⑨親の目を盗んで遊び歩いたり、
⑩店の金をごまかして使ったり、などということも、まずは不可能
である。

⑪嫌でも商法が身につく、と言うのが、この生活様式の特徴なのである」
(定本 華僑商法100か条、白神義夫 著、三樹書房、1993)

またまた華僑の話である。商売人にとっての武勇伝である。

池袋_東京芸術なんちゃら
<池袋の東京芸術劇場>
―――――
<リンク>
【Christ's Church Co.Shigaya 越谷キリストの教会】
【Christ's Church Co.Shigaya の行なう事業について】
【Million House(百万家 ミリオンハウス)】
【銀カフェ】
【CCC 自習塾】
―――――


上記読まれてみて、どう感じられただろうか…?

変な一家?
そこまでする??
よく奥さん逃げないな・・・?
凄いけど、私はちょっと遠慮します?

それよりも何よりも、
社会通念と比べて、ありえない??
少なくとも、私の知り合いにそんな人はいない?
店舗に住み込むなんてやっちゃダメでしょ! ??

我々の価値観は、社会が映し出す虚像を良くも悪くも反射してしまう。

世間一般と比べて、○○だ。
誰それさんのお宅と比べて、△△だ。
誰それ君と比べて、ウチの子は××なんですのよ…。

「比較して、相対的に、~~である。」

そんな薄っぺらい価値観からは、絶対に生まれない生活様式。
その根底にある、譲れない価値観、退路なき覚悟...。

それが華僑のやり方なのであろう。そして、彼らの生き様は、社会通念にどっぷり浸かりつつある後藤の脳を揺さぶったのだ。

彼等の信念と行動とが…。


例えば、父親が、旦那が。
「俺たち一家は10年後に必ず大成している」
「その為に今からこう言う風に生きていく」
「家族ともども、協力して欲しい」

と言った場合に、我々は従容と従えるだろうか。

信じられるだろうか。
共に将来の希望に確信を持てるだろうか。

妻も子も、一見大理不尽、
「TVが描き出す幸福家族のモデル」から外れっぱなしの生活を省みて、嘆かず、否嘆くどころか、「絶対一緒に成功してやる!!」
と噛み締められるだろうか…。

そういうの、覚悟とか、信念、夢、将来の希望とかの共有って、今はなくないか?
あっても、凄く弱気で、不安で、尻つぼみじゃないか??

全て俺たちが、
誰かさんの金儲けに乗っかって、
誰かさんから僅かな分け前を給料として貰って、
誰かさんに依存して、
その誰かさんからいつ何時裏切られるか、捨てられるか分からないから…

自分自身のやりたいことを、なりふり構わずやる自由を、矜持を、捨てちまったから…。

じゃないかな。

他人と違うことをする恐怖、
世俗の提供する「家族像」を盲信するがゆえに、線路から脱線してしまう恐怖…。

あるよね。

だがね。

考えてみて欲しい。
我ら日本人は WWII 戦前までは、農業や自営業従事者が過半だったことを。

みんな自分の頭で考えて、手足を使って、商品を作り出し、お客さんを開拓して、一家全員で商売繁盛めざして戦っていたんだ。

上記華僑と何も変わらず、自身と、家族の成功を日夜夢見て、もう一案件、もう一案件…と打ち込んでいたんだ。
その血が、DNAが俺たちの身体には確かに、連綿と流れているんだ。

「雇われ文化」が日本に巣食ってから、実はまだそんなに時代を経ていない。なのにこの、賃金奴隷ばっかりの体たらくは何だ?

俺たちの「社会的標準」「与えられた価値観」に対する敬意と固執は一体どこから来て、そんなに Dear に育まれちまったんだ??

もう一片、原点に戻ろうじゃないか。

俺たちは自由人だ。自由人は作戦を練る。日夜練る。
そして実行し、検証し、作戦を改良して実行する。

そこには他人様の生活様式の入り込む余地など、ないはずなんだ。
噂話や批評や陰口への恐怖など、入り込む余地はないんだ。

旦那よ。作戦を練れ。そして勇気を持って実行せよ。
妻よ子よ。旦那が人生を掛けて勝負しようとしている。
誰のためでもない、自身と、家族の為に。

だったらごちゃごちゃ言わずに、従容と従い、
助けられるところは互いに助け合う。

そこから見える「幸せ家族」の姿の方が、

TVコマーシャルに演出された賃金奴隷の世帯よりも、遥かに麗しいぜ。
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