後藤 秀孝
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JAPAN
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【“当たり前”高さ】
2015-06-13 Sat 21:25
「華僑商法100か条」(白神義夫著、三樹書房、1993)を読んでいて。続き。

周囲にいる方たちを比較対象としてみれば、
後藤は半歩なりとも出たかも知れないが、

世の中には
もっと高い“当たり前”水準を持つ人々
がいることに改めて気付かされた。

華僑の方たちである。

上記書籍中に解説があったが、

「華僑」の華は「中華」の華、
そして「華僑」の僑は、
「仮住まい」「旅住まい」という意味だそうだ。

華僑の方たちとは、つまり
「散らされた(Diaspola)」ユダヤ人たちと同じく、
故国を持たず(否、持っているが離れて暮らすことを選び)、
周囲を常に多数派に固められて尚、経済的成長を勝ち取っている、
独立自尊の(奴隷に対して→)自由人集団、なのであろう。

彼らの志のエッセンスを少しだけ、書籍よりご紹介したい。
関心持たれた方、詳しくは Amazon で購読すべし。





●「白手起家」(徒手空拳、無一文から家を興せ)で行け!
●「華僑」の華は「中華」の華。
そして僑は僑居、または僑居民の僑で、「旅住まい」あるいは「仮住まい」のことだと言う。
「仮住まい」というところに、彼らのやるせなさと、埋火(うずねび)のような郷愁とがある。例え二世三世で、故国を見たことがない者でも、まぶたの故国に恋焦がれているはずだ。(中略)だが、見知らぬ土地の「仮住まい」故にこそ、彼らには「頼れる者は己の力だけだと言う信念がある。そして身を粉にしても働き、逞しく生き抜いていくのである」
●太古の昔からの体験を積み重ね、練り上げられた漢方薬。西洋人はもとより、同じ東洋人である日本人にすら神秘的に映る漢方薬。ひたすら打ち込む華僑の商法も、この漢方薬に似ている。
西洋医学では是が非でも、病名を決めないことには投薬できない。だが、漢方薬は病名など二の次である。症状にあったもの、体験によって選び抜かれたものを投薬するのだ。
華僑商法もこれと同じだ。いちいち無理には専業を決めない。「何でも屋」から出発する。効き目も、即効を望まず、忍耐強くジワジワと、各方面にわたり深く広く浸透していく。副作用も弱く、また、息が長いのである。
●彼ら架橋の成功の秘密は、あくまでも基本を忘れないところにある。
休まない。怠けない。朝早くから夜遅くまで働く。商道に徹し、雑音に耳を貸さない。買うときは叩けるだけ叩き、売るときにはできるだけマケない。薄利多売で高回転を図る。一度売った商品の返品は「絶対お断り」である。お年寄りや子どもは騙さない。そして(矛盾するようだが)がむしゃらに働いて身体を壊すようなことはしない。彼らがことさら食事に気を使うのも、健康こそ第一の資本であることを心得ている証拠だ。
●「我々架橋は、初めから無手勝流で生きていくより他なかった。カッコ悪い商売でも、やらなければならない」
「無駄遣いをする華僑は一人もいない。我々のやっている事は倹約だ。浪費する人は信用をなくす。だが我々は、出すべきときは金を出す」
「一家に例えてみても、まず経済的建設が至上命令だ」
「家族ぐるみの労働力が華僑の強みで、我々が食事、特に晩餐に凝るのも、長期労働に耐えるための、歴史的な生活の知恵だ」
●他人の思惑がどうあろうと、カッコ悪かろうと、まずはともあれ試してみるのが商売人というものである。程度の差はあるが商売とは、人の願望につけ込むことで利を得るという一面を必然的に持っているのだから。
●子どもはよちよち歩きの頃から灰皿を運ばせたりマッチを探させて躾ける。子どものほうも喜んで働く。小学校へ通うようになったら、下校後は店を手伝うのが当たり前である。良家の子女であっても休日には店に出るし、自分の家が商売をしていなければ、知り合いのラーメン屋で出前もする。金を稼ぐためというより、「商売のコツを習いに行く」という心構えだから、稼いだ金は自ら親にさし出すほうが多い。
高校生ぐらいになると、親の店の手伝いでは「どうも勝手をして困る」と、他人の店に見習いに出される。(中略)大学に行かせる資産のある家でも、「商売を習いながら進学できる力があれば学費を出してやる。それが出来ないようなら、大学へ行ってもモノにならない」と宣告されたりする。
●「開源節流」=収入の源を開き、支出の流れを接する。儲けても遣わないこと。(つまり Primary Balance 維持。)
●「華僑は、あるいはケチな集団と思われているかも知れないが、それは将来なすあらんとするためのタネ銭を貯めるのが第一条件だからだ。そのために外からケチと誤解されようと、何の痛痒も感じない。生活はできるだけ簡素にし、無駄なことに労力や金を注ぎ込むことを避けるのが華僑のモットーだ」
●数字(会計・税務)に暗くて、どうして財をなすことが出来よう。
●情報の裏表:物事には裏と表があり、新聞紙上には物理的にも物事の全貌が現れにくい。
●子どもの手伝い、商道の伝承:「この子を親が鍛えとかなくて、誰が仕込んでくれますか。親は早くあの世へ行ってしまう。外国で取り残された子どもはどうやって生きていくか。それを思うと、あの子のためにあらん限りの商道を仕込んでおくのです。」
●どんな商売も、常に大衆と密着していなくては成功しない。
●華僑は、自分たちが背負っている様々なハンディキャップを埋めるには、まず身を粉にして働く以外、手段のないことを見にしみて知っている。
他人と同じことをしていたのでは伸びるわけがない。そこで、早起きして夜遅くまで稼ぎ、休日をなくすといったオーソドックスな手をまず考え付き、それを実行する。一家の主人が率先して働けば、当然、家族全員がそれに従う。進学時にある子を、まるで腫れ物にでも触るように気を使い、受験勉強させることはない。家の仕事を手伝いながらでも私見にパスするくらいの力がなければ、ものの役に立たない。進学はさせない。
どんな分野であろうと、成功した華僑は、青年期の数年間くらい、睡眠時間3~5時間を守り続け、働き続けてきている。いくら財政的に豊かになっても遊ばない者も少なくない。ただ、ある程度の地位、世間的信用を得ると、“よく稼ぎ、よく遊ぶ”ほうへ転換することもある。しかしこれとても世間の手前、身分に相応しい遊びくらいしようという発想ではないことは、言うまでもない。その“遊び”の中から、あらたな営業上のヒントやルートを掴まえんがためなのである。
●早起きを三日も続ければ、一日分の仕事にも匹敵する。
●10万円あったら独立しろ。
独立したり、商売を始めようと言うとき、資本が全てではない。更に重要なのは、意思である。やる気である。
「工学無出頭」といい、他人に使われて肉体労働をいつまでもしているようでは、頭をもたげる機会はないぞ、という教えだ。
●(独立時に選ぶ商売は)地味な正攻法でよい。半年、一年と辛抱していれば、思わぬ道が拓けて来るものである。
●金儲けは10年単位で考えろ(ゆえに、若いうちから始めよ)。
●華僑には、「三代平均説」があって、初代、二代、三代目を総合して平均すれば、どこの家でもずっといい家はなく、また極端に悪いということはないと言うのだ。初代が創業して家を起こし、二代目が跡を継ぐが、三代目が身代を潰すというのもあるかと思えば、初代が飲んだくれで二代目が何か事業を起こしたが斃れ、三代目が完成させ、成功に導くと言った風で、何もその時その時だけを見て一喜一憂するには当たらない―――としている。
●三代平均という悠々たる尺度で、彼らは損得を判断する。彼らが仲間内の信用をこの上なく大切にするのも、自分の二代目、三代目のことを考えたうえでの布石なのである。
●カッコ悪い商売から始めよ。
心の奥にいつも抱いている大きな志。それに近づくための仮の姿なのだから、当座、何をしたって我慢しなければならない。カッコ悪いこと―――実は、これが一番の穴場なのだ。(中略)
カッコ悪いものから出発して、それを克服し、モノになった人間は、他人に対しても同情心をもち、また滅多なことでは転落しない。人生最低ラインでの底力が付いているから、失意の時も余裕綽々である。
●店がなくても店を出せ。
●店の一角を切り開いて他の品を売るのは、華僑のよく使う手だが、聞いてみると「次善の策」とのことで、別に新店を出せないとき、つまり「仕方ない時」の戦法として強力だ。
●隣の店と同じ商売をしろ。
隣家でも向かいの家でも、その家の商売が、これはウマい、と思ったら、遠慮などしないでドンドン真似すべきである。終戦直後の横浜・中華街では、軒並み靴屋さんとなったこともあれば、ずらりと洋服の生地屋さんに一変した時期もある。(中略)
華僑は例えお隣が真似をしたとしても、他人の資本で、他人の店で、他人が商いをすることは没関係(全然関係ない)と割り切っている。それだけ自分の商売に自信がある、とも言えるだろう。
●「隣と私の家とでは、客層も違うし、売り方が異なっている。だから隣に負けない品を旨く仕入れて、うんと安く売れば、負けることはないヨ」
●他人の商売を認めるという点は徹底していて、南京豆売り、該当靴磨きから豪華大飯店の経営者に至るまで、「東西(品物)もしくはサービスを売って銭儲けしている点では全く同次元だ」という発想がある。まさに、商いの道に貴賎なし―――と身にしみている彼らなのだ。
●閉店後、急用が出来て華僑の店をたたき起こしたことがある。
やっと起きたらしく、店を開けてくれた。中に入り込んで驚いた。回転字使っている客用テーブルを全部寄せ集めて、その上に寝具を敷き、一家族が寝ているのだ。まだ小さい店で、敷地内の家を全部商売に使っているためにこう言うことになる。家族のための寝室や休憩室などと言うものは、初めから取っていないのだ。
目標をどこに置くかによって、これが決まる。
●今日の学習は今日のうちに済ます。あすにはまた新しい学びがある。
今日の仕事は今日仕上げる。
華僑はそんな調子で休まず働く。それを彼らは「当たり前」のことと言う。
●符合になる道をマレーシアの成功した華僑に聞くと、「邪魔になるのは、怠けることと、お喋りだ」と即答した。
人の話はよく聞かねばならぬ。第一、自分が喋っていたのでは他人の忠告など聞く余地があるまい。
●一旦入ってきた客を逃がすようでは、商家の恥である。ウィンドウに釣られて入ってきた客でも、よしや間違えて入ってきた者でも、客にしてしまうようでなくてはならない。
(中略)
扉を開ける、入ってくる、視線を合わせる―――この瞬間が勝負なのである。ここでタイミングがずれると、客はいやな幹事を覚え、引き返してしまうことになる。(中略)
気まぐれに注文されて、ただ「ありません」で済ませるようではあまりに脳がなさ過ぎる。
●いい時は永続せぬと覚悟せよ。
一つの商売には、必ず“引け時”というのがある。底を観察して、タイミングよく撤退し、その力で今度は新しい部門に進出する。ことがバランスよく運べば、危険分散の保険にもなるというのだ。
●(華僑は)各国各所で違った部門の商売に手を出し、投資している。(中略)「ひとつ所にいていい場合と、いけない場合がある」と、普段から覚悟を決めているからだ。
●利益とは、目に見えるお金だけではない。
(寮生に対し、ビールを原価で売る華僑の話から)何を隠そう、彼はビールのケースを利益としていたのである。
当時は物資欠乏しかけの頃で、ダース入りのプラスチックケースそのものが比較的珍重されていた。彼は、このケースだけを浮かして利益としていたのであった。
「ビールケースの儲けくらいじゃ、大した事ない。くたびれ損だ」と笑う人もいるだろう。しかし「ちりも積もれば山となる」と言うとおり、僅かな儲けもバカにできないもの。また、真面目に量を売る、と言う点で、卸問屋が信用してきたのも無形財産であることも、彼の計算に入っているのである。
●昔、東南アジア等で土木建設事業を相手に入札するとき、華僑は極端に安い入札をしてライバルを蹴落としてしまう。初めから、土木事業の請負そのもので利益を得ようとはしていないのだ。儲けは他ならぬ、雇用の為に集まってくる労働者にあるのだ。泊り込みで楽しみのない生活を強いられる労働者を客として商売するわけだ。激しい肉体労働の後には、やはり飲食と賭博が一番の楽しみとなる。
そこで華僑は、現場の労働者向きの質より量、刺激の強い飲食物を提供する一方、賭博場を開き、スッた人の為には質屋、高利貸しを備え、とお金の流れを立体的に考え、行動に移していく。
事業の利益はさておき、そこで労働者に支払う賃金は、その場で全て使わせてしまう。借金があれば、引き続き次の工事現場で働いてもらう。これが何百人、何千人といれば、思いがけない金額となるのだ。
●…チャンスを見て他職種に転換するというのは、華僑の平均的パターンである。その勘と度胸のよさは、本能的とさえ言えるものである。史記の「成功の下に久しく居るべからず」を実践したものと言えよう。
●華僑は全てを投げ出して転業するのではない。一族に動員をかけたり、故郷からゆかりの者を呼んだりして、これまでの事業を預け、心置きなく新開拓に乗り出していくのである。
●黒字のときこそ商売がえを考えよ。
黒字のときでさえ、他にもっと儲かる商売があるとすれば、いつまでもその商売に固執する理由は何もない。
●商取引には現ナマで臨め。
華僑の成功・強さの秘密のひとつは、キャッシュ第一主義にある。
朝、目を覚ましたら帝王が替わっていた。その為に、昨日まで通用していた商売上の制度まで変わっていた、と言うような変遷を幾度となく経験してきた中国人は、いやでも生きる知恵として現実的なものしか信じないようになっている。明日の百(予測)より今日の五十(現実)をとる。(中略)目の前に現ナマを積み上げ、「現金で払うから、まけなさい」とおもむろに交渉を始める。
●同じ移民でも、日本人と中国人とでは心構えに雲泥の差がある。
日本人がいざ移民するとなると大変で、行こうとする国の大使館と慎重に情報交換などして、事前調査を綿密に行なう。政府の報でも力を入れ、移住センターで研修させる。更に、そのセンターに住み込ませ、いろいろな対策を練る。自営にしろ勤務にしろ行く先を確認して、皆に見送られ、片道ロハの政府船に乗って出国する。
一方、華僑がこれまで世界の至る所に散って根をおろしていった移民の歴史には、言うまでもなく、移民のための学校、印刷物などは一切ないし、おおまかな知識すら、誰も与えてくれなかった。
こうした華僑から見れば、日本人とは、きっと悟り方や諦めの悪い人種で、普段は国家や政府をこっぴどく批判するくせに、いざとなると頼りにし、すがり付いて初めてどうにかやっていく、根性に欠けた人間たちだと映るに違いない。
●およそ、本国政府の保護、援助無しに海を渡った華僑の平均的パターンは、まず労働者として出発、血縁、地縁によって団結し、徹底した自治力で協働、互助の精神を発揮、商店で下働きをするうち独立、小規模から中規模、大規模商人へと伸びていく。一代で目標達成までに至らなければ次代に引き継がれていく。
●目的達成までは「勤労」と「節制」。徹底的に自分の欲を殺す。華僑は「先苦後甘」という言葉が好きだ。
●いらぬ理屈は行動への妨げ。ただ実行あるのみなのである。
●他人の捨てたものに目を付けよ。
華僑が廃物利用の天才だとは、自他共に認めるところだろう。
シンガポールの錫→
中国人が採掘して米国へ→
ブリキ缶となってシンガポールへ戻る→
空き缶を買い集める→
切って平板とし、プレス機で一升瓶のフタ・靴墨の缶・おもちゃの部品などに加工
●パチンコの始まり:戦時中、飛行機製造の部品として大量のベアリングが生産されていた。突然の終戦を迎え不要となったベアリングと、当時駄菓子屋にあった子ども用の景品機械を結びつけて大人用の遊び道具とした。
●華僑は「取引とは全ての受け渡しの完了をもって、初めて完結する」との信条を守り続けている。他人を軽信してはならないと、幼いときから戒められている。
●株式投資:「株券など、ただの紙切れに過ぎない」「見たこともない人間が経営している会社に、どうして大切な金を預けられようか」
●「疑いは信用への第一歩である。信用するために疑問を持つ」こと。
「自分の目と耳で確かめたもの以外、絶対に鵜呑みにしない」こと。
●平気で「働きすぎ」ましょう。
官庁や大企業になど初めから入るつもりのない華僑たち。彼らの大半は、自立するか、親の商売を継ぐから、定年などと言う概念はない。
「一生働く」「死ぬまで働く」以外に考えていない。他国人が自分たちを見て「働きすぎだろ」と思いやしないか―――何て構う暇もない。
●新規参入が大型既存店に勝つには、「愛嬌と大声を上げること以外にない。」
●悲観も楽観もしない。
華僑は、無用の仮定を好まない。出てきた現実を、その時点で捌いていく。
●「現実は冷たい」と人は言う。だが、本当に冷たいのだろうか。いや、現実は正確な勘定書きのようなもので、間違いのない中間報告を持ってくるだけだ。(中略)現実は、こちらに対して悪意も持っていない。しからば、こちらも感情抜きで付き合わねばならぬ。楽観も、必要以上の悲観も、判断を鈍らせる元であろう。
●華僑の発想に国境などという障害物はない。「吾人の往くところ“中華”の国である」という思想だ。
少しでも条件のいいところ、いい話があれば、例え何万キロ離れていようとも躊躇わず移動を開始する。と言って飽きっぽいというのではない。それどころか、傍目にも気の毒に見えるくらいの忍耐力を発揮するのが華僑だ。その忍耐も実らぬと見切りをつけると、彼らは自暴自棄になったりせず、別天地を求めて移動し、一からやり直す。そして当たればそこに永住、骨を埋める。子孫もそこに留める。
●華僑は保険をかけるようなつもりで、家族・親戚を意識的に世界中に撒き散らすようなこともする。子どもが5人いれば、一人は米国、一人はシンガポール、欧州、日本…留学させたり、嫁にやったりして世界各国に経済的拠点を作り、利を貯蓄すると同時に、危険を分散させる。
●中華料理店の子どもだからと言って、料理関係の仕事に進ませるとは限らない。その子の才能、資質を見極めてから親が進路を助言し、最終的には子どもに決めさせる。
「五師」といって医師、教師、弁護士、会計士、建築士への道は、頭と学さえあれば進める道であり、かつその華僑の居住国によってはリッチマンへの近道であることは知られている。(中略)
「四海一家、世界はひとつで、これからの若者の進む道としては、この五師の道こそが指導者になる路だ」と言う華僑も、全部の子どもを五師の道へ向かわせることはしない。幾ら財産があっても、料理店の跡を継がせると決めると、高校程度で教育を終えさせ、早めに仲間の経営する一流店へ修行に出すか、もしくは自分の店で仕込む。(中略)自分の手元に置き、将来、親が死んでも困らぬだけの技術と商法とを教育するというわけだ。
●子どもの転校は味方作りと思え。
「学校を替わるたびに友達が増えるヨ。この子が商売を始めるようになったら、助けてくれる。」
留日華僑の進学コースには、まず日本学校、中華学校、アメリカンスクール等がある。これを小・中・高・大に分けて、色々組み合わせるのが普通だ。
●華僑は、子どもが中学校を卒業する頃になると、わが子を呼んで静かに諭す。
「お前はずっと日本にいるつもりか」
そうだと答えたら、自分たちの置かれている立場をよく分析してみせる。コックになるなら高校まで行けばよい。大学を出ると、料理を作ったりするのは本人が物足りなくなると見ている。大学へ進むなら自分の得意な科目を生かした道へ進むのが理想的なのだ。
●金は纏めて使え。これは投資に限らず、金の使い方全般に共通する原則だ。
金は纏まれば纏まるほど強力になり、有効な使い途が出てくるものだ。男なら一回勝負にかける勇気と、その機を待つ辛抱強さを持て。
●急ぎはしないが、休まないのが華僑だ。自宅の前に投資用物件を買い、ある程度のキャッシュフローに達するまでは生活のレベルを変えないから、物件数増加と金利支払い低下があるポイントを超えると、富の蓄積は加速度的に改善する。
それを待ってから生活水準を上げるので、その時には、完全に底に定着する貫禄も備わっているわけだ。
●資源が足りなければ合作しろ。
金儲け話が事業へと昇華するとき、華僑たちは各々の資源を持ち寄る。金のある者は金を出し、会計に明るい者は経理担当、仕入れにコネがあれば仕入れ販売係、顔の効くものは営業・渉外、愛想がよく切り回しができればマネージャーになる、と言った具合だ。
●一度結んだ契約はとことん守れ。
「商売上の見込みは、その場合その場合において、計算の上に立つもので、一朝の手違いによってこれが是非を断ずるべきではない。これが華僑仲間の定論です。もし偶然の誤算を償うため、一旦結んだ契約を無にするような行為を一度でもしたなら、我々華僑は今後皆さんの仲間入りは決して出来ず、また我々架橋仲間からも排斥されます。畢竟自営の道であります。」
●「善隣」こそが華僑の生きる知恵。
善隣、つまり他と融和していくということである。華僑が居住国の住民たちと上手くやっていくのに、善隣こそが一番大切なことと肝に銘じている。
異国での生活、経済活動を行なうにおいて、華僑は「我異国に住みて心安からじ」という思いがある。「よそ様の国に住まわせて貰っている」のだからという心遣いが大切だと信じている表れである。
●「境に入りては禁を問う」(典礼)
「私たちはよそ様の国に来ているのだから、住民の方たちよりももっとこの国の法律を守らなければなりませんよ、と子どもたちに教えてきました」
●安物には警戒しろ。
「安いライオンの皮はない」「安物は高物」の理屈を、「ウマイ話」などないことを華僑は身をもって知っている。値切って安くするのは良いが、最初から極端に安いものは警戒する。
●「不要なものは、一文でも高い」
要らない物に払う金はない。
●国家の保護や、援助を全く期待できない華僑は、自分の身に降りかかってきた事実だけを丹念に積み重ねて、人や物の評価をする。例えそれが世論と間逆の判断であっても平気だ。
値札に惑わされるな。値段など売主と買主の合意さえあれば、あってないような物だからだ。
●物事/契約/商品/人間は、疑える間に徹底的に疑う。
自分のペースで調べ、自分の頭で納得できぬものは買わない。それは人気投票がどうの、雑誌のお勧めがどうの、専門家の意見がどうの、という間接情報を完全に度外視して、である。
●「馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ」
商取引、企業経営、また友人関係などでも、自分の考えや好み、偏見やタイポロジーだけで相手を計ってはいけない。単に個人的な感情や習慣、一般常識…だけで物事を浅慮・判断してしまい、食わず嫌いでチャンスを逃がすことなかれ。ということだ。
●華僑は原則、居住国の経済構造は握るが、政治には口を挟まない。
彼らはこのハンデを逆用し「私たちは商売一本で行く」と開き直って商業活動に徹する。
●「一勝一敗は兵家の常務なり」
不利になったら一気に撤退、転進する。更には「敵の助言にも良くば就け」。聞くのみならず実行して、その効用を試すべし。
●「資本主義社会において金は力であり、大切な物だ。その大切な物を女性に与えるのは、愛情の表現として立派なものだ」
●会合には小まめに顔を出せ。
出ない=「あいつはこの頃見かけないが、やはり噂通り、商売が上手くいっていないな。今度の話は他の奴に回そう…」
参加=「あいつの状況は良くないと聞いていたが、ノホホンとしているではないか。よし、それなら少し話を回してやろう」
●華僑たちは、自分の責任を逃れられない。
彼らの覚悟に比べれば「何かあったら他人や政府のせいにしたがる日本人」は暢気者と評されても仕方がない。
●華僑のモットーは忍耐である。労働者として長時間、単調な仕事を続けるのも忍の最たるものだが、移民の扱いも受けず豚の仔扱いで、猪仔と言われたこともある。ムシロ一枚、船の甲板に荷物同然寝っころがって各国へ上陸した先達が今日の繁栄の基礎を築いたのも、忍の一文字だっただろう。
華僑は声を張り上げて争うことはまずない。まして商売の上で手を上げたりすることは問題外である。いくら理不尽な文句を並べられても感情的になったりはしない。不快な客、横柄な客などに対しても、やんわりした応対を決して忘れない。

これは金の問題ではなく、取引に対する彼らの情熱なのだ。感情を商道に持ち込むことがそもそも悪いことで、将来財をなすような人は身を保つことに努め、争ったり危険を冒すようなことはしない。
●大盤振る舞いの後は車代を値切れ。
値切り方が上手ければ「いい商売人だ」と評価される。どんな商売であろうと、経済に明るく熱心に観察していれば、「適切な」値を見つける努力をするのは当然のことだからだ。
使うべきところではパッと使い、必要のないところでは一銭の金も惜しむ。実に合理的である。
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