後藤 秀孝
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JAPAN
【実践 あるのみ】
2014-07-13 Sun 22:53
アリストテレスは言った。

「美徳を身に着けるのは
笛の吹き方を習得するのと似ている。

本を読んだり講義を聞いたりして
楽器の演奏を覚える者はいない。
練習しなくてはいけない。

熟練した音楽家の演奏を聴き、
耳から演奏法を学ぶのも有効だ。

ヴァイオリンを奏でずに
ヴァイオリニストにはなれない。

美徳も同じだ。

我々は正しい行動をすることで正しくなり、
節度ある行動をすることで節度を身につけ、
勇敢な行動をすることで勇敢になれる」
と。


私たちの人格、
道徳も義侠心も、
共感性も同様。

日ごろの実践が必要である。

ブルースリー
<リンダ・リーさんの言葉。不断の鍛錬なくして、彼のキャリアも無かった>





―――――

そこまで思量して、使徒パウロの言葉が返ってきた。

「私は、貧しさの中にいる道も知っており、
豊かさの中にいる道も知っています。

また、飽くことにも飢えることにも、
富むことにも乏しいことにも、
あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。」(ピリピ4:12)

「私は(中略)ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。
それはユダヤ人を獲得するためです。

律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、
律法の下にある者のようになりました。
それは律法の下にある人々を獲得するためです。

律法を持たない人々に対しては、
――私は神の律法の外にある者ではなく、
キリストの律法を守る者ですが――
律法を持たない者のようになりました。
それは律法を持たない人々を獲得するためです。

弱い人々には、弱い者になりました。
弱い人々を獲得するためです。

すべての人に、すべてのものとなりました。
それは、何とかして、幾人かでも救うためです。」(Iコリント9:19~22)

そこに示されたのは、彼の共感の幅 である。

パウロに目的はある。福音のためだ。

だが、他人の人生・想いに
ここまで共感、受容できるのは、

やはり自分の人生の中で様々な状況を通され、
判断し、選択し、実践し続けてきたパウロならでは、
と痛感させられる。

―――――

鶴を見つけるのは、どちらが簡単だろうか。

美しい自然の中、水面を風が渡り、えさの豊かな葦の原だろうか。
それともこの世の掃き溜めだろうか。

質問を変えよう。

強い草を見つけるのは、どちらが簡単だろうか。

春の日差し明るい草原だろうか。
それとも嵐の晩だろうか。


我々の中の人格者は、実は

掃き溜めの中で、
その純白の姿のまま、凛として立っている。


嵐の晩、周囲が倒れ伏している中で、
受け流し、しなやかに、耐えている。


彼ら・彼女らの日常は、
美徳の実践そのものだ。

アリストテレスの訴える美徳、
高い人格を苦難の中で体現しているのだ。


見つけたい。仲間に加わって欲しい。
そんな美しい方たちに、主の戦列へと。…

―――――

反面当面、我らのできること。

高尚な人格、美徳は筋肉と同じ だ。

日々の鍛錬、
日々の使役、
日々の“トレーニング行くの嫌だな…”と
心かすめる怠惰
との戦い…。

そんな However small 克己が、
我らの人格と美徳を高めていく唯一の方法だ。

与えられた情況の中で、

主に聴いて、
何を、どうするか?


決断と覚悟、実践の積み重ねである。


やろう。
できるから。

我々の人格は、美徳は、
不可侵にして崇高なもの。


そして、自分の品格を高めることによってのみ、

他の人格者たちを認め、また認められて。

神の暗やみの力との戦いの最前線で、
彼らと同盟を組み、
互いに背中を委ねあうことができるのだから。

―――――
<参考>

ジョン・スチュワート・ミル
「人間の能力は、知覚、判断力、識別感覚、知的活動、さらには道徳的な評価さえも、何かを選ぶことによってのみ発揮される。何事もそれが習慣だからと言う理由で行なう人は、何も選ばない。最善のものを識別することにも、希求することにも習熟しない。知性や特性は、筋肉と同じで、使うことによってしか鍛えられない。(中略)自分の計画を自ら選ぶものは、あらゆる能力を駆使する」

インマニュエル・カント
「彼の両親は共に敬虔主義の信奉者だった。これは信徒の内面的な信仰と善行の実践を重視するプロテスタントの信仰の一つである」

アリストテレス
「道徳の原理を授業や書物で学ぶ…そういうやり方では美徳は身につかない。
道徳的な意味での美徳は習慣の結果として生まれる。実践することによって覚えられる類のものなのだ。美徳を身につける第一歩は、実行することだ。それは技術を身につけるのと同じことである。」
「この点で、美徳を身に着けるのは笛の吹き方を習得するのと似ている。本を読んだり講義を聞いたりして楽器の演奏を覚える者はいない。練習しなくてはいけない。熟練した音楽家の演奏を聴き、耳から演奏法を学ぶのも有効だ。ヴァイオリンを奏でずにヴァイオリニストにはなれない。美徳も同じだ。
我々は正しい行動をすることで正しくなり、節度ある行動をすることで節度を身につけ、勇敢な行動をすることで勇敢になれる」
「ごく若い頃から身につける習慣がどんな種類にものかにより、少なからぬ違いが生まれる。極めて大きな違い、いや、違いのすべてと言ってもいい」
「傍観者の立場で、選択を迫られたらどんな政策を支持すべきかを考えることはできる。だがそれでは、重要な活動に参加してコミュニティ全体の運命に責任を負うのとは違う。討議に長けるには、土俵に上がり、選択肢を秤にかけ、自分の言い分を主張し、支配し、支配される必要がある。要するに市民でなければならないのだ」

マイケル・サンデール
「人格者であるとは、みずからの(時には互いに対立する)重荷を認識して生きるということなのだ」

ジュディス・マーティン(Ms. Manners)
「適切な振る舞いをするうちに美徳の感覚が身につく」
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