後藤 秀孝
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JAPAN
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【正解教育】
2014-02-10 Mon 23:31
日本はつくづく「正解教育」の国だと思う。

正解教育とは:

どんな問いにも揺るぎない正解があり、
その正解を暗記することが正しくあるために必要である。


みたいな?
コピペ文化が花咲いている今日、その傾向はさらに強まっていると感じる。

不正解






信仰においても、「清い」信徒たちが「きれいな」信仰の指針を述べてくれる。
そんな「模範解答」を語られて、辟易とすることがあるのだ。

言いたいことは2つある。

1.「正解がある」と捉えることは、同時に「誤りもある」と断定することだ。
「正解」をばかり求め、それらしい知識を振りかざすスノッブになれば、いつしか「俺は正しい」=「あんたは間違い」と裁くようになっていく。

2.神さまは確かに「正解」を握っておられるだろう。
でもそれは人間の計りでは理解できないし、
「何で俺が?」と叫んでいる時には、到底納得できないものかも知れない。

―――――

この世でさえ「正解」などない。
あるのは「一部の人々が納得できる答え」だけだ。
その一部の人々でさえ「自分をなだめつつ、妥協しつつ従っている答え」が大半だと思う。

e.g. 勤め先の経営方針につき、納得いかない点を5つ述べよ。
e.g. なぜこの否定的反応ばかりする人を上司として仰がねばならないのか。理由を述べよ。


神の「正解」は尚更、俺たちに推量できるわけが無い。

このもどかしさを主に問うた時、俺は

「分からないことは、分からないで良い」
「神の種明かしがあるまでは、俺たちは知らなくて良い」

と言われた。
分からぬことは「分かりません」と謙虚に言えば良い。
そういうことだと思う。


また主は、
「正解教育」に傷つけられ、排斥され、疲れ果ててしまった人々、
いわゆる「正解優等生」ではなく「落ちこぼれ」と呼ばれる人々を、

『集め、招きいれよ』と言われる。

主イエス・キリストの群れがそうであったように。

世から捨てられ、見向きもされなくなった者たちから、
神の選びの器が次々と起こされるのだから。


―――――
「この群れからかしら石が、この群れから鉄のくいが、
この群れからいくさ弓が、この群れからすべての指揮者が、
ともどもに出て来る。

道ばたの泥を踏みつける勇士のようになって、
彼らは戦場で戦う。主が彼らとともにおられるからだ。」(ゼカリヤ10:4~5)


「家を建てる者たちの見捨てた石。
それが礎の石になった。

これは主のなさったことだ。
私たちの目には、不思議なことである。」(詩篇118:22~23)


『だから、あなたがたは、「はい」は「はい」、
「いいえ」は「いいえ」とだけ言いなさい。
それ以上のことは悪いことです。』(マタイ5:37)
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