後藤 秀孝
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JAPAN
【語るべき主題は】
2014-01-06 Mon 20:23
利用者さんの部屋で、介護プラン中に観た正月番組で。
「ご褒美系高級料理」 を放送していた。
他にやることないのか。日本のTV局…。


有名タレント(…俺は知らない)が「素材の旨さが引き出されていますねー」とか何とか言っている。

「こんにゃろーめ、
当たり前のこと言ってんじゃねー
ばかやろこんにゃろーめ」

「こんにゃろーめ、
お前に旨いもん食わすために、視聴率上げてやってるわけじゃねーぞ
ばかやろこんにゃろーめ」
“どけいどけいじゃまだじゃまだ” 風にキレてみる。

だがそこから連想ダイブ。
タイトルは「説教の旨さ」。

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「素材の旨さが引き出されていますねー」…

例えて言うなら、

ジビエ料理でも山菜の天ぷらでも、素材が旨けりゃ良くて、調味料は塩コショウくらい?の脇役ってことか。

ソニーの元会長、盛田昭夫さんも言っていた。
「こちらの話に実があれば、
人々は耳を傾ける。」


確かに俺の関心事、
まだ知らない事や目からウロコの話なら俺は聞く。

それがホワイトハウスで語られようと、
山谷のストリートで語られようと…。

それが例え素朴で飾り気なし、
スピーチの技術や麗しさなどなくても、俺は喜んで聞くだろう。

素材旨けりゃ全て良し。真理ではある。


対して、万人に食わせ万人を唸らせるためには…。

つまり舌の肥えたグルメから、
ハンバーグとカレー大好きの幼稚園児に至るまで魅了するには、

やはり調理法も磨かねばなるまい。

それを牧会に反映させると、

説教の分かり易さ、
すっきりした構成とパンチある主張、
いつまでも記憶に残る深い味わい。
また聞きたいと思わせるあったかさ。…

等、あった方が良いよね。というのもまた真理也。


だから説法とは、ことばの料理だ。

どんな素材を使ってもいい。
どんな味付けにしようと、
どんな食器に盛り付けようと、
どんな照明や演出効果を狙おうと、
どんな店構えや店員教育をしようと…。


何でもあり、全て自由だ。

ただただ。目指すべきゴール はあって、

聞く人を立ち止まらせ、
主にあって「自分を振り返る」機会を設けること。
受けてきた神の恵みとご恩寵を数え、
今もあなたのために祈り、執り成されている主を信じ、
そして愛なる神との関係を修復することだ。


生涯に渡り続く、
深くて重い十字架の印象を、
その愛の代価を、
人々の心に刻み残すことだ。


聞いた人が心もからだもあったかくなって、
その場から去るときは別人のように、
新生された喜びに満ち溢れることだ。



「旨い」料理は人々のボーダーを、差異を超える。
ならば「旨い」牧会もまた然り。

その「旨さ」に辿り着くために…。
今日も俺、この原稿を書いている。
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